なぜ貧困はなくならないのか

「なぜ貧困はなくならないのか」についてのメモ。なぜ貧困はなくならないのかとは…
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ムケシュ・エスワラン,アショク・コトワル『なぜ貧困はなくならないのか』 †

  • (永谷敬三 訳)日本評論社 ,2000年

第1章 序章
第2章 基礎概念
第3章 閉鎖経済の基礎的枠組
第4章 農業における技術進歩の重要性
第5章 工業の進歩が必ずしも貧困を緩和しない理由
第6章 奢侈財部門の経済的帰結
第7章 国際貿易は貧困層を窮乏化させるか
第8章 成長のエンジンとしての貿易
第9章 発展政策と工業生産性の成長
第10章 結論

テーマ †

 発展に成功し、豊かになった国々では、工業部門が例外なく、労働力の高い割合を占めている。このような事実は、「近代化=工業化」という認識を抱かせる。しかし、途上国による工業化が必ずしもうまくいっているわけではない。
 本書はインドの事例を引用しつつ、その要因の説明をする。アジア諸国において、貧困が消失しつつあるなか、インドではいまだに多くの人々が貧困にあえいでいる。インドが陥った開発の落とし穴とは何か、途上国の貧困層がそこから脱する道筋とはどのようなものか、経済発展はいかにして進められるべきか、さらには、その経済発展による成長の恵みをいかに公平なものにするか…簡単な経済学モデルを用いつつ論じられている。

著者の見解 †

 まず著者は、経済発展には農業の役割が非常に大きいことを指摘する。貧困層における厚生変化は技術効率や土地・労働比率に依存する。例えば、一定の土地に対する労働者の数が少なければ少ないほど、一人あたりの生産物は多くなり、賃金も増加する。農業の生産性が向上すると、労働配分の下で労働の限界生産物が増え、さらに労働が農業から工業へと移転することで、土地・労働比率が変化する。労働市場賃金が上がり、食物価格を引き下げ、貧困層の厚生を高める。このことは富裕層の所得のうち工業品に費やしうる金が増加し、工業部門の発展にも寄与する。先進諸国で工業の労働割合が高いのは、農業部門が高度に発展している結果であって、それ自身経済発展の独立した要因ではない。
 そして、農業の生産性成長を促進する有効な政策手段は灌漑と教育である。灌漑は適切な水管理を行う上で重要である。これがなくしては肥料や多収穫品種の生産性も限られてしまう。新技術の採用は教育(識字能力など)によって容易になる。
 インドではこれらを軽視し、農業の生産性を向上することに努めてこなかった。貧困層の経済的な厚生を高めるのに重要なのは、まずは農業の生産性を向上させることなのである。

 インドの工業化戦略が貧困の解消に無力だったのは、その目標が「自立」であったことにある。貿易はインドの経済において比較的小さな部分に留まり、それゆえに、工業部門はもっぱら国内需要を満たすよう生産目標を設定してきた。インドのような貧しい国では、工業品に対する需要は人口の小部分をしめる富裕層がらくる。貧困層は所得の大半を食物に費やすが、富裕層は所得が増加したからといって食物支出を大きく増やすことはない。つまり、貧困層があまりにも貧困であるがために、工業品を買うことができない。工業生産性の成長は富裕層のために工業品を安くしているだけで、農業から工業へと労働移転を引き起こすこともなく、土地・労働比率に影響を与えることもない。工業進歩は直接的には貧困層の厚生の上昇に対して寄与しないばかりか、工業進歩の利益は富裕層にのみ享受され、貧困層には行き渡らない、という不平等をもたらした。公平な成長という目標に対して工業がもつ潜在能力をフルに発揮させるには農業が十分に発達していなければならない。 

 工業における技術進歩が貧困緩和に貢献するのは、経済が国債貿易に関して開かれており、なおかつ、インドが工業輸出国となりうる場合に限る、と著者は指摘する。
 インドのように、経済が国債貿易に対して門戸を閉ざしている場合、貧困層は恩恵に与ることができなかった。インド工業がその生産物を農産物と引き換えに輸出できれば、国内で労働が工業に移動でき、賃金が上昇する。これは貧困層が工業進歩の恩恵に与かることを可能にする。
 ただし、工業における生産性成長が低いのに、急に市場を開放すれば、先進国から工業品輸入が増加し、インドからは農業品輸出が増加する。このことは、工業から農業への労働移転を意味し、非工業化をもたらすかもしれない。貿易が貧困層の厚生を改善しうるのは、貿易に平行して工業生産性成長率の上昇が起きる場合に限られている。
 しかしながら、インドのような発展途上国は既存の技術を採用できる「後発性の利益」があるために、巨大な技術者プールと金融市場があれば、貿易による利益を得ることも十分に可能である。

 貿易によって厚生が高まるか否かは、生産性の成長に依存する。インドにおいて、それを妨げてきたのは過剰な規制であり、資源配分権である。
 過剰な規制は生産性向上への圧力を阻害する。例えば、インドには、最初に参入した企業にライセンスを与え、他企業にはライセンスを与えない免許制度というものがあり、ひとたび新工業部門に参入すれば、長期にわたる独占が保証され、イノベーションをおこすインセンティブがなく、そのことが生産性向上を妨げることとなった。
 中央政府は管理価格や補助金制度によって、社会の一部集団の所得を他集団の犠牲にすることで、恣意的に増やすことができ、政治家はこの権力を使いたがる。様々な集団が自らの欲望のために、政治に群がり、資源獲得の争奪戦を繰り広げる。競争は市場ではなく、政治の場で行われているのである。例えば、インドの農業陳情団は、農産物価支持、肥料補助金、電力補助金、好条件の政府信用等を獲得した。著者は、こうした金がもし灌漑施設、基礎教育、肥料や電力の生産に再配分されたなら、インドの農業生産性は向上し、貧困の解消に役立ったかもしれない、と指摘する。

 経済学者は経済問題を分析するし、政策変更を示唆する際、政策の実行責任者である政府が慈愛に満ちた独裁者であると仮定する。しかし、現実は悲しいことに、そうではない。
 本書のタイトルは「なぜ貧困はなくならないのか」であるが、この問いに対する著者の回答は「こういった失敗の教訓に対する理解がたりないから」ということである。






2007-03-10 (土) 21:29:48 (5334d)