アジア危機の歴史的意義

「アジア危機の歴史的意義」についてのメモ。アジア危機の歴史的意義とは…
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アジア危機の歴史的意義 †

  • 従来の通貨危機モデルでは、アジア危機の特徴である危機の深さと長さを説明できない。
  • 危機以前・以後に採用された諸政策は適切だったか?金融の国際統合は、それ自身が危機を招く要因にならなかったか?危機最中にとられた「改善策」はむしろ危機を悪化させなかったか?

1 金融説と構造説 †

アジア危機の要因−2つの解釈

  • 金融説
    • アジア危機の本質は国際統合過程における金融開放手順の失敗であり、そのショックが経済全体を一時的に麻痺させたという見方。
    • この種の危機の再発を防止するためには国際経済環境の安定、後発国の金融システムの強化、そしてこの両者の進展に見合った慎重かつ漸進的な金融開放が必要とされる(再発防止策)。
    • もし不幸にしてこのような危機が再発してしまったら、その対応にはきわめて専門的で迅速な衝動が必要とされる。なぜなら敵は巨大で移り気な市場心理だからであり、相手につけいる隙を与えず収束へと追い込まなければならないため(危機鎮静策)
    • この見解からすれば、アジア危機の本質をわきまえない不適切な対応が行われたために、危機をますます悪化させ長びかせてしまったとされる。
  • 構造説
    • アジア危機が金融的現象であることは否定しがたいけれども、その原因およぴ悪化の裏にはアジアの途上国の経済構造に弱さが存在し、それを除去しない限り将来の持続的成長は望みえないという見解。
    • その場合、問題となる構造的欠陥にはさまざまなものが想定されており、論者によって異なる。
    • 狭くとれば、金融問題を引き起こしたところの金融機関の脆弱性、および、暴走を防ぐための政府の監視装置の欠如ということになる(これは金融説の核心と重なる)
    • 広く考えれば…
      • 国際基準を満たさない所有・経営・会計・取引などのあり方
      • 技術の低さや裾野産業の薄さといった産業上の未熟
      • IT革命やグローバルビジネスへの準備不足
      • マクロ経済の不均衡
      • 輸出依存型成長の限界
      • 政治体制や市民社会に踏み込む課題…などなど。
    • この見解によれば、アジア危機とはこれまでの高度成長で隠蔽されていたこれらの構造問題を一挙に噴出させた事件であり、アジア各国はその生き残りをかけて、これらに対する抜本的な構造改革を迫られている…ということになる。
  • 筆者の見解
    • 一方の説に固執する必要はなく、複眼的理解が必要。2つの見解にはそれぞれ健全なものが含まれており、その教訓を正しく受け取るならば、両解釈が共存しても差し支えはない。
  • アジア危機を引き起こした直接の原因は何か?
    • 不用意な金融開放とそれが引き起こした過度の資本流入。
      • 中国・インド・ベトナムなどの金融閉鎖経済の国では、通貨攻撃はなく、貿易や直接投資の縮小を通じた間接的被害だけだった。→実力をともなわない対外金融開放を強行しなかった。
    • アジア危機国では、国内経済の構造的脆弱性がいったん起こった危機をよりひどいものにしたという副次的効果はあっただろうが、それは真の因果関係ではない。
      • とはいえ、危機に至るまで自分たちが抱える問題に十分な注意を払わなかったことも事実。それらを再発見し、楽観・悲観の適正なバランスを取り戻し、構造改革への国民の関心と政治的支持を醸成することはきわめて前向きな危機対処のあり方といえる。
      • その際、注意しなければならないのは薬が効きすぎて十分な思慮もなしに急激な変化を推し進ぬてしまうこと。
      • 絶望的な状況に遭遇した国民はそのような心理の振れを起こしやすい。たとえば通貨金融危機がまだ収束しないうちから構造改革を断行したり、自分たちの過去をすべて否定し、欧米礼賛に走ったりすることは避けなければならない。
        →構造改革自体は、危機対応(深刻化防止策)とはなりえない。構造問題の是正なくして危機対応は考えられないという考え方は、危機の再発防止と危機の深刻化防止とを混同している。
        →火事場ではまず火を消すこと(深刻化防止策)が重要であって、出荷原因の追求とその是正措置(構造改革)は、消化はそれが終わってからすべきこと。
        →アジア危機の際に出動した「国際消防隊」(IMFをリーダーとする国際機関と援助国グループ)は、うまく消火できなかった。したがって、このような危機を誘発しやすい環境をつくった事前的責任と危機発生後の対応のまずさが不必要な延焼を許したという事後的責任がある。

早すぎた資本自由化 †

  • 開発資金調達の歴史
    • 経済には投資が必要だが、多くの後発国ではその資金を国内貯蓄では十分にまかなうことができず、外国からの資金に依存してきた。
    • 1970年代 オイルダラーの環流(リサイクル)
      • 石油価格高騰によってOPECに蓄積された石油売上代金が先進国の商業銀行に預金として預けられ、この豊富な資金が開発プロジェクトを積極的に遂行していた中南米やアジアの国々に貸し付けられた。
    • 1980年代 債務危機と公的支援
      • オイルダラーの環流は、1979年末以降、アメリカがインフレ対策として発動した強力な金融引き縮めによって終わりを告げた。その結果生じたドル金利上昇、世界不況、一次産品価格下落のトリプル・パンチは途上国の国際収支を急速に悪化させ、1982年夏にメキシコが債務不履行を宣言すると債務危機は世界中に広がった。
      • それからの約十年間は途上国向けの民間新規融資はほぼ完全にストップしてしまい、先進国の銀行は貸した金をいかにして取り立てるかのみを考えるようになった。この窮状に手を差し伸べたのが国際機関やパリクラブである。
      • 1980年代は、支払困難に陥った途上国に対し「構造調整」(経済の自由化、民営化、対外開放)を実施することを条件に、公的救済資金が提供された時代であった。
    • 1990年代 長期借入とその逆流
      • 1990年代に入ると、世界的な債務危機はようやく収束に向かう。長年の構造調整がもたらした自由化やマクロ経済の改善に好感が持たれ、民間資金が再び一部の途上国および新参の体制移行国に流れ始めた。ただし今回の資金流入は1970年代のような商業銀行団を媒介とする長期融資ではなく、短期銀行借入れと証券市場に依存する変動性のきわめて高いものであった(アジアの途上国ではとりわけ短期銀行借入れが多かった)。金融取引を自由化し、あるいは国内の証券市場を外国投資家に開放して資金を取り入れる後発国を新興市場という。そのような新興市場が数多く生まれたのは1990年代初めのことである。
  • 通貨危機との関係
    • このような開発資金の取り入れは、短期借入れと証券市場を中心とする逃げ足の速いものが主体となった。
  • 後発国側の企業・銀行には、オーバーボローイング(超過借入れ)を抑制し、借りた金を上手に投資に活かすメカニズムが備わっていなかった。
  • 政府も民間の行動をモニターする能力をもっていなかった。--結果、生じたのは、不安定性の顕著な増大。
    すなわち金融開放ブームの中、とても消化できないほどの大量資金が新興市場めがけて流入した。国内景気は過熱し、余剰資金は株式、不動産、採算の疑わしい工場建設などに向かい、資産価格は高騰した。最初、新興市場諸国はこれを経済の強さの証左だとして浮かれていた。だがバブルは群集心理が逆転すればすぐにはじけてしまう。楽観は悲観にとって代わられ、資金の超過流入は一挙に流出に転じる。

 支払困難に見舞われても、長期融資ならば返済まで時間的余裕がある。また事前にリスジューリング(返済繰り延べ)の交渉するゆとりがある。
 しかし、短期の場合、満期到来時に貸し手が次の融資(ロールオーバー)を拒否すれば、たちまち支払不能に陥る。また、証券市場を通ずる資金調達では、個別の取引相手を特定することができず、悪いニュースが流れた途端、売り浴びせられるので瞬時にして通貨危機や株価暴落が発生する

資本収支危機としてのアジア危機 †

  • 双子の金融危機
     第一に対外的にはこの危機は「資本収支危機」であった。すなわち経常収支赤字をファイナンスして余りある巨大な民間資本流入が発生したこと、しかもそれが外貨建ての短期借入れを中心とする流入であったことが決定的である。数年を経て、国内投資ブームは必然的に終焉を迎え、資産バブルがはじけ設備過剰が発生すると、外国資本は手のひらを返したように流出に転じ通貨危機が起こる。資金の備在とその急激な移動は、放置されたグローバル資本市場の避けがたい運動である。この資本フローの激変がマクロ経済に過酷な調整を強いるというのが、資本収支危機の典型的なパターンである。

 第二に、国内的にはこの危機は、金融機関のバランスシートの脆弱性から派生する銀行危機であった。対外取引の自由化にともない、アジアの途上国の金融機関は外貨建ての短期借入れによって自国通貨建ての長期投資をファイナンスするという、通貨・満期に関する二重のミスマッチを抱えていた。この状態で資本収支危機が発生すると、

  1. 不況による債権回収の困難
  2. 為替損失の発生
  3. 外銀による短期融資のロールオーバー拒否

の三つのルートを通じて彼らのバランスシートは急激に悪化し、流動性危機と不良債権問題を引き起こす。銀行の金融仲介機能が損なわれ激しい信用収縮が発生すると、それが生産・投資活動を窒息させる。

 この資本収支危機と銀行危機は、コンフィデンスの低下を媒介項として、実物経済を崩壊させながらとめどない悪循環に陥っていく。これに加えて政策対応のまずさがこの悪循環をさらに加速してしまったことが、アジア危機の際立った特徴といえよう。

 資本収支危機も銀行危機も、それぞれ個別にとりあげる限り、必ずしも新しい現象ではない。アジア危機の新しさは、この二つが同時発生し、かつ両者の相互作用が東南アジア地域全体に拡大することを許してしまった点にある。

正しい認識と謝った薬 †

何をすればよかったか †

まとめ †

  • 本書 228ページより

     アジア危機の激しさと長さは、それを資本収支危機と国内銀行危機の併発、およびその地域的伝染と認識することによって理解できる。アジアでは内需減退という通貨危機がもたらす本来の困難に加えて、高金利、緊縮財政、拙速な銀行閉鎖、自己資本比率要求などの政策対応上のまずさにより、危機は不必要に拡大してしまい、銀行システムの麻痺、生産の崩壊、大量失業の発生、不良債権の累積という深刻な悪循環を招いた。この双子の危機は新しい性格を備えていたから、当初の政策対応が不適切であったことはある程度やむをえない。だが将来同じ過ちを繰り返すことは許されない。国際社会が危機を発生させるような環境を積極的に作り出し、しかも発生した危機への対応も誤るようでは、後発国にとって危険が大きすぎてとても国際統合できない。IMFをはじめとする国際機関にとっては、準備が整わない段楷での金融開放を強要しないこと、異なる危機に対しては異なる対応策で臨むことがアジア危機の教訓とならなければならない。






2007-03-10 (土) 21:29:59 (3816d)