アメリカの民主主義

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民主主義

アメリカの民主主義 †

  • トクヴィルは『アメリカの民主主義』を著し、独立後のアメリカのデモクラシーの実態を描いた。
  • トクヴィルは、ヴェルサイユで陪審判事を務めたのち、1831年から32年にかけて行刑制度の視察のためにアメリカに旅行した。
    1835年に第一巻、40年に第二巻が刊行された『アメリカの民主主義』は、この訪米体験をもとに書かれた著作。
  • そのなかでトクヴィルは、デモクラシーがアメリカを支配する原理となっていることを指摘しつつ、アメリカのデモクラシーのみならずデモクラシーがもつ利点と欠点を明らかにしようとした。
  • その序論で次のように述べている。

「わたくしはアメリカにおいてアメリカ以上のものを見たと告白する。わたくしは、民主主義の傾向、性格、偏見、情熱、つまるところ、民主主義そのものの真の姿を、アメリカにおいて追求しているのである。わたくしは、よしんば少くともこれについて、希望すべきものまたは恐るべきものを知るためであろうとも、これを知りたいのである」

  • 「恐るべきもの」とは?

『アメリカの民主主義』でトクヴィルは、19世紀のアメリカ社会の特徴として地位の平等をあげたが、トクヴィルによればデモクラシーは、多数者の幸福を目ざすという美点とともに、「多数者の専制」を生じるという欠点をも有するものとされた。

「アメリカ連邦では、多数者は事実を動かす巨大な力とそれとほとんど同じくらい大きな世論の力とをもっている。そして、多数者がある問題について一旦形成されると、多数者の前進はとても阻止できないし、少くともそれを遅らせることのできる障害も、全くないといってよいのである」

 こうしたトクヴィルの主張は、世論が「ステレオタイプ」として働くことを指摘し、大衆デモクラシーの危機を警告した、20世紀のアメリカのジャーナリスト、リップマンなどのそれを先取りするものだろう。

 大衆デモクラシーの弊害として、多数者の専制を指摘した人物には、ほかにJ・S・ミルがいる。1859年に刊行された『自由論』で、ミルは、多数者の意志が社会的な圧迫として働く可能性を示唆しつつ、それをトクヴィルにならって「多数者の専制」とよんだ。
ミルによればそうした社会的圧制は、政治的圧制のように重い刑罰によって支持されてはいないが、はるかに深く生活の細部にまで漫透し、霊魂そのものを奴隷化するもので、それから逃れるのはかえって困難であるとされた。
 『自由論』でミルは、社会が個人に対して正当に行使しうる権力の限界について検討するのだが、19世紀の中葉に世論が「軛」(くびき)として働くことを警告したミルの主張は、先行するバークやトクヴィルなどのそれとともに、貴族主義的な大衆社会論の先駆をなすものである。

『アメリカの民主主義』でトクヴィルもまた、デモクラシーのもとでは世論が無限に強力な権力をもっているとするのだが − トクヴィルによれば、地位の平等化が進行するにつれて人々の思想はますます均質化するものとされた。

「市民たちが一層平等になり、そして一層似かよったものたちになるにしたがって、ひとりひとりの人が、ある人やある階級を盲信する傾向は減少してゆく。そして各人が大衆を盲信する傾向はふえてゆくし、すべての人々を導くものはますます世論になってゆく」






2008-05-25 (日) 20:56:17 (3794d)