イギリス経済

「イギリス経済」についてのメモ。イギリス経済とは…
HOME > イギリス経済

イギリス経済 †

  • 18世紀末から19世紀初めにかけて,世界に先駆けて産業革命を経験したイギリスは,「世界の工場」として,同世紀末まで世界の経済と政治をリードする。
  • イギリスの通貨ポンドは,資本主義史上最初の国際通貨として,世界の貿易決済や大英帝国からの対外投資に用いられた。

 しかし,

  • 19世紀末には,繊維・化学・鉄鋼などの分野で,後発のドイツ,アメリカに追い上げられ(第1の衰退)
  • 両大戦間期にはアメリカに世界経済のリーダーの座を明け渡す(第2の衰退)。
  • 第2次世界大戦後の1960年代になるとイギリス経済の衰退は誰の目にも明白となり,アメリカだけでなく戦後復興を遂げた大陸のヨーロッパ諸国に追い越されることになる(第3の衰退)。

こうした経済の衰退に遅れて呼応するかたちで、1960年代末には,イギリス・ポンドは米ドルに国際通貨の地位を最終的に明け渡した。

1世紀にわたる没落が続いたイギリスであったが,サッチャー革命以降,グローバル化と産業の構造転換のなかで,息を吹さ返し新たな繁栄に向けて復活したという評価も出ている。

「資本主義の黄金時代」…相対的「低成長」 †

  • 第2次世界大戦後に始まり1974年の世界恐慌に至るまでの四半世紀に及んだ「資本主義の黄金時代」は,先進資本主義諸国にインフレなき成長と高い雇用水準をもたらした。イギリスも例外ではなかった。
  • しかし一見良好な経済パフォーマンスも,同じ時期の他の先進諸国と比較した場合には,事情が大きく異なる。
  • 1961年から73年までの実質GDP成長率をみるなら,イギリスは3.1%であったのに対して、日本は9.7%を記録したほか,現EU(欧州連合)15カ国平均が4.8%(ドイツ4.4%,フランス5.4%),アメリカも3.9%と,どれもイギリスのパフォーマンスを凌駕していた。
  • 1人当たりGDE成長率も年率2.3%を記録したが,他国との比較では1961年には現EU15を100としてイギリスは123.0だったものが,73年には103.3にまで落ち込んだ。
  • 「資本主義の黄金時代」におけるイギリス経済の衰退は,誰の目にも窺う余地がなかった。国内経済の衰退は,さらに対外的にも貿易収支の赤字拡大とポンド危機を誘発した。

イギリスの衰退 †

 ギャンブル(A. Gamble)は、衰退に関する従来の議論を次の諸点にまとめて整理する。

  • 文化
    • 産業や企業カルチャーを軽んじ,地主や金融・商業に高い社会的地拉を与える「ジェントルマン資本主義」の文化的伝統。
  • 金融
    • シティを擁する金融のヘゲモニーが強く,投資が国内ではなく海外に向けられた結果,国内産業と金融の結びつきが希薄となり,経営者は長期的視点からの投資を怠り,シティが喜ぶような短期的利益を優先するようになった。
  • 帝国
    • 19世紀末にイギリス産業は世界市場で競争することを回避し,大英帝国内部に閉じこもった結果,接術革新や経済発展が遅れた。
  • 国家
    • 公共部門の比重が大さく国家による介入や計画化が行われたが,日本の通産省(現・経済産業省)のような発展志向型の役割は果たしてこなかった。
  • 産業
    • 経営の質や労使関係など,イギリス産業に内在する問題。企業では,株主−経営者−労働者の序列ができ,株主利益を最大化する短期的思考が、経営者の行動を支配してきたといわれる。

フォーディズムへの適応不全 †

  • なぜ日米および大陸ヨーロッパ経済との比較で,戦後の世界経済の「資本主義の黄金時代」においてイギリスの成長率が相対的に低かったのか?






2008-07-22 (火) 23:56:00 (3315d)