ウォーターゲート事件

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Watergate

ウォーターゲート事件 †

  • ニクソン再選を図るアメリカ共和党の大統領再選委員会が、1972年にワシントンのウォーターゲートビルにある民主党全国委員会事務局に侵入し盗聴器をしかけようとして未遂に終わった事件。
  • ニクソン大統領の政治倫理が問われ、1974年八月、ニクソン大統領は引責辞任。

「ディープスロート」はFBI元高官 米誌で自ら明かす 朝日新聞2005年06月01日

〈ウォーターゲート事件とディープスロート〉 72年、ニクソン米大統領(当時、共和党)再選支持派がワシントンのウォーターゲートビルにある民主党全国委員会本部に盗聴器を仕掛けるため侵入し、逮捕された。ホワイトハウスは関与を否定したが、ワシントン・ポスト紙のボブ・ウッドワード、カール・バーンスタイン両記者が調査報道で追及。ニクソン大統領自身のもみ消し工作も明らかになり、74年8月、米国史上初めて現職大統領として辞任した。

 ウッドワード氏らは情報源の仮名を「ディープスロート」とし、その正体について「本人との約束があり、死去するまでは明かせない」と沈黙を守っていた。事件から30年の02年に正体捜しが改めて話題を集めたが、特定できなかった。

ウォーターゲート事件:
ディープスロートはFBI元副長官
 【ワシントン和田浩明】米紙ワシントン・ポストは31日、ニクソン元大統領を辞任に追い込んだウォーターゲート事件(72年)に関する同紙報道の主要情報源「ディープ・スロート」が、当時の米連邦捜査局(FBI)副長官だったマーク・フェルト氏(91)だと認めた。自らの正体を明かしたフェルト氏の発言を米誌「バニティ・フェア」が報道、同氏の家族も追認したためだ。

 ディープ・スロートの正体は、「米メディア最大の謎の一つ」とされてきた。FBIナンバー2だったフェルト氏の名前も上がったが、ポスト紙報道の中心となったボブ・ウッドワード、カール・バーンスタイン両記者は、「情報源との約束で本人が死去するまで公表できない」としてきた。

 31日に公開されたバニティ・フェア誌7月号の記事によると、現在カリフォルニア州に住むフェルト氏は、同誌の記者に複数回、「ディープ・スロートと呼ばれていた男は自分だ」と認めた。数年前に事実関係を知った家族の要請を受けて決断したという。フェルト氏の家族は、同氏を「米国を救ったヒーロー」だと考えているとの声明を発表した。

 ウッドワード氏らは31日、「マーク・フェルトがディープ・スロートであり、ウォーターゲート報道では計り知れないほど助けられた。ただ、他にも情報源はあった」とする声明を発表した。フェルト氏は、ウッドワード氏らが集めた情報を確認したり、調査報道の方向性について助言したりしたとされる。

 米大統領選のさなかに発生した同事件は、72年6月17日、ワシントン市内のウォーターゲート・ビルにあった米民主党本部に共和党ニクソン陣営の関係者が侵入し、盗聴器を仕掛けようとして逮捕され明るみに出た。その後、ニクソン大統領の指示が、ホワイトハウスの録音テープで判明。弾劾を避けるため同大統領は74年8月、辞任した。

毎日新聞 2005年6月1日 11時32分

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2007-03-10 (土) 21:30:38 (5112d)