カール

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Karl

カール †

カール大帝 / カール1世 †

742〜814
フランク王国カロリング朝の国王(在位 768-814)。西ローマ皇帝(在位 800-814)。ピピンの子。版図を大幅に拡大しゲルマン諸部族を統合、教皇より西ローマ皇帝の帝冠を受ける。中央集権をめざして法制を整備、学者を保護し学芸を振興してカロリング-ルネサンスを現出。中世ヨーロッパの形成の基礎をつくった。シャルルマーニュ。チャールズ。

フランク王。小ピピンの子。ゲルマン民族を統合し、西欧をほぼ統一。法制を整備して中央集権国家をつくり、800年、教皇から西ローマ帝国皇帝を戴冠。学術文化を奨励、その成果はカロリング‐ルネッサンスとよばれた。カール大帝。シャルルマーニュ大帝。

カール大帝の政策

  • 外征
    1. ロンバルド征服
    2. アヴァール族撃退
  • 内政
    1. 州伯制と巡察使による中央集権体制の確立
    2. 法制の整備
    3. 産業振興
    4. 教育の制度化
    5. アルクィンらを招き、修道院で神学、ラテン文献の研究を保護・奨励し、古典の伝統を守った(カロリング・ルネサンス)。しかし、これは修道院文化の制約をもっていた。

カール四世 †

1316〜1378
神聖ローマ帝国皇帝。チェコ王。ボヘミア王ヨハンの子。金印勅書を発布して皇帝選挙の手続きを確定。アビニョン幽閉中の教皇のローマ帰還を実現した。プラーグ大学の創立者。
神聖ローマ皇帝(在位 1347-1378)。国制を固めるため金印勅書を発布。アビニョン捕囚中の教皇帰還を実現。

カール五世 †

1500〜1558
神聖ローマ帝国皇帝(在位1519-1556)。
スペイン王としてはカルロス一世(在位 1516-1556)。

生涯、内外の反乱の処理に終始。宗教改革に反対してルター派を弾圧、新教諸侯と争ったが、アウグスブルクの宗教和議で、信教の自由を承認。
スペイン・ドイツにまたがるハプスブルク王国を形成。宗教改革に反対したが、アウクスブルクの宗教和議で新教を認め退位。

カール一二世 †

1682〜1718
スウェーデン王。列強のスウェーデン分割に対抗、北方戦争を起こしたが、ポルタバの戦いで敗北。
スウェーデン国王(在位 1697-1718)。北方戦争で初め連勝したが、ロシアのピョートル一世にポルタバの戦いで大敗。






2007-03-10 (土) 21:31:01 (4734d)