ジェントルマン資本主義

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gentleman capitalism ジェントルマン資本主義

ジェントルマン資本主義 †

  • 名誉革命(1688年)から第一次大戦開始期(1914年)までのイギリス資本主義と対外政策の特徴を示すものとして、イギリスの近代史家ホプキンズ(Anthony G. Hopkins)とケイン(Peter J. Cain)によって、1980年代に提唱された概念。
  • ここで重視されているのは名誉革命後のイギリス郷紳(gentleman)の政治的・経済的役割である。その社会的地位は,貴族とヨーマンの中間にある大地主。彼らはこの時期の市場哲学を早々と身につけ、近代農法を採用し、工業並みに賃銀労働者を雇用して農業を営みはじめた定期借地農と親和関係に入り,彼らに土地を賃貸したほか,必要ならば農場改良資金をも提供し,地代の増収を図る近代地主の性格をもちはじめた。こうしたイギリス地主の役割は,この同じ時期産業革命を担った綿業資本家などと決して対立するものではなく、市場経済的観点からすれば、相互補完的関係に立っていたといってよい。これら地主は蓄積された預金をロンドン周辺の商業や金融業に投下し,利植を図る金利生活者(レントナー)の性格を強め,産業革命を推進し,多忙であった産業資本家と異なって,その余暇と豊かな生活から政治にも参加,英国議会でも活躍し,産業資本家の利害を代弁し,イギリスの海外発展を推進する政策(ロンドン=マンチェスター同盟による自由貿易と国際金融の政策)を立案し,推進した。
  • ホプキンズとケインは,こうした地主たちこそ第一次大戦までのイギリスを支配し,ロンドン金融市場を基地とした貿易金融や鉄道建設等対外開発金融の担い手として,イギリスの対外政策を規定してきたのだと論じて,レーニンほかの古典的な帝国主義論や,ギャラハー=ロビンソンの自由貿易帝国主義論(53年)を批判した。




  • レーニン流の古典的な帝国主義論
    • 19世紀末に資本主義が変容したために(独占資本が成立し、産業資本が金融資本に転化し、過剰資本の輸出の必要性が生じたため)、帝国主義が発生。
  • ギャラハ=ロビンソンは「自由貿易帝国主義」論
    • 産業革命以後20世紀に至るまで、イギリスの(公式&非公式の)帝国支配の拡大が一貫して行われた。
    • 19世紀中ごろの中南米諸国は、イギリスの公式の植民地ではなかったが、経済的には完全に支配下にあった。
    • 世紀末にイギリスは、公式の帝国領域の確保に精力を注ぐが、これはドイツやフランスなどの帝国主義的拡大路線に対抗するため。つまり「経済的支配領域の拡大」という目的ではなく、そのための手段が変化しただけ。
  • ケインとホプキンズの「ジェントルマン資本主義」論
    • 古典的帝国主義論と自由貿易帝国主義論に共通する、帝国主義の経済的規定性に対する疑問が議論の出発点。
    • イギリス帝国主義は、国内におけるジェントルマン的秩序を表現し、またそれを強化する世界システムを形づくるための試みであった。
    • イギリス帝国主義の歴史は、2つの段階からなる。
  • 第1段階 ―名誉革命から19世紀中頃まで
    • 地主と大ブルジョアがリーダーシップをとった時代
  • 第2段階 ―19世紀中頃以後
    • 地主の力は衰え、金融・サービス部門の関係者たちが、ジェントルマン的支配体制を再編成した。
  • イギリスの支配階級の構成が19世紀の中葉に変化するという点が重要であるが、いずれにせよ、ケインとホプキンズによれば、17世紀末以後、帝国支配は、イギリスの支配階級の富と権威の基盤として不可欠だった。
  • 以上のような「ジェントルマン資本主義」論は、イギリスでのオーソドックスな近代イギリス史像に合致し、これを特徴づけることにおいて成功しているので、本国で広く支持を集めつつある。
  • 「ジェントルマン資本主義」論が他の国々の帝国主義の理解にとって有効性をもつかどうかは疑問。
  • イギリス帝国主義の展開に産業資本が果たした役割がほとんど評価されない点も再考を要す。





2008-07-22 (火) 23:59:00 (3262d)