ストックホルム症候群

「ストックホルム症候群」についてのメモ。ストックホルム症候群とは…
HOME > ストックホルム症候群

Stockholm syndrome

ストックホルム症候群 †

  • 人質監禁事件において人質に長い監禁のうちに外部にいる味方に反感を抱き、逆に犯人に屈服して親近感を抱くようになること。1973年ストックホルムで起きた銀行強盗事件から。

中央日報
噴水台】人質大統領

  
 理由なく人質になった場合、100%人質犯を憎むのが普通だ。 しかし逆に人質犯を擁護・同調する‘おかしな’人がいる。 「ハースト症候群」患者だ。 
 米国の新聞財閥ハースト家の相続女性パティー・ハーストが誘拐されたのは1874年2月、バークレーの自宅の部屋だった。 芳紀19歳。 犯人らは600万ドルを貧民救済に出せと要求した。 ハースト家は当時赤字に苦しみながらも200万ドル分の食品をカリフォルニア貧民街に配った。 大きく驚いていた米国がひっくり返ったのは2カ月後だった。 パティーの肉声テープがあるラジオ放送局に配達された。 
 「ハースト家は民衆を搾取する資本家だ。私は(人質犯らの)‘民衆の権利回復’主張に完全に共感する。私はティアニャ(チェ・ゲバラの恋人)に生まれ変わった」。 
 3日後、ある銀行の監視カメラは、カービン銃を持って強盗行為をするパティーの姿をとらえた。 16カ月間逃げたパティーは75年9月に逮捕された。 パティーの弁護人は彼女は洗脳されたと主張したが、陪審員らはこれを認めなかった。 パティーは強盗罪の法定最高刑である懲役25年に火器乱用罪10年が加えられ、35年刑の宣告を受けた。 (コリン・ウィルソン『世界残酷物語』) 
 その後「ハースト症候群」は、人質が人質犯に同化する非理性的な心理現象をいうことになった。 ハースト症候群はしかし誰もがかかる病気ではない。 FBIの報告書によると、人質のうち92%はハースト症候群にかからなかったという。





2007-03-10 (土) 21:32:31 (3757d)