ソーシャルダンピング

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social dumping

ソーシャル・ダンピング †

賃金を不当に切り下げたり労働条件を悪くしたりしてコストを引き下げ,海外市場で製品の安売りをする行為。日本の綿紡績業についてイギリスなどから戦前これが非難された。戦後も海外市場での競争が激しくなるたびに問題とされている(有斐閣経済辞典3版)

ソーシャル・ダンピングとは、長時間労働や劣悪な労働条件・社会条件をもとに、生産能率に比べて賃金水準を低位に保つことによって安値輸出をしていることに対する非難のことばであり、かつてはソーシャル・ダンピングを日本ダンピングとよんだこともあった。

これは、第二次世界大戦前、日本綿業が世界市場へ進出した時期に、イギリスの紡績資本家が用いたことばで、当時イギリスでは、自国よりも劣った労働条件で生産された商品の輸出をソーシャル・ダンピングと規定していた。しかし、一般に生産力と労働条件はほぼ比例するもので、低賃金で劣悪な労働条件は低生産性と結び付き、国際競争上高賃金・好労働条件の国がとくに不利になるものではないから、この非難はあたらないといえる。ただ、労働集約的商品の生産は先進工業国では衰退産業に属するので、後進工業国との競合を恐れて、自己防衛のためにソーシャル・ダンピングという非難を浴びせるのが実情である。

低賃金や劣悪な労働条件に基づいて,国際価格よりも低廉な価格で商品を海外市場に販売すること。1932年以降の日本の輸出増大に対し,ソーシャル・ダンピングという国際的非難が生じ,日本製品を輸入規制する対抗措置が採られた。

ダンピングのうち,低賃金や劣悪な労働諸条件にもとづいて行われるものをいう。第2次大戦前の日本貿易はこの典型といわれており,とりわけ1931年の金輸出再禁止以降の時期には世界的な問題となった。32年から37,38年にかけて世界の貿易は,大恐慌の打撃のなかでおしなべて停滞あるいは縮小の傾向をたどったのに対し,ひとり日本貿易のみは大躍進をとげ(1931年から37年にかけて本土貿易額は価額で2.8倍,数量でも2.1倍の伸びを示した),この輸出躍進はソーシャル・ダンピングによるものであるという非難が国際的に集中した。確かにこの時期の日本貿易の躍進は金本位停止による円為替相場の急速な低落に主導された側面が強かったとはいえ,労賃水準の切下げ,労働条件の悪化によるコスト低下のはたした役割を無視することはできない。〈植民地的低賃金〉とヨーロッパ並みの労働生産性をすでに恐慌前から実現させていた紡績業では,この時期実質賃金水準の切下げが継続的に進行し,同時に労働時間の延長,産業合理化の強行がおしすすめられた。この結果,紡績業の工賃は,当時の紡績会社の調査でも1週当り給与でイギリスの32%,アメリカの17%,1梱当り労賃でイギリスの42%,アメリカの27%へと下げられた(1933年2月富士紡調査)。重工業部門でも若年不熟練労働力の雇用増による労賃水準の低下が進み,下請工業の利用普及とあいまって生産コストの引下げがなしとげられた。日本商品の輸出競争力強化の一要因はここにあり,この時期の日本貿易躍進はいわゆる為替ダンピングとソーシャル・ダンピングが結合して実現されたのである。しかし,こうした形態による輸出の急激な拡大は,貿易相手国の関税引上げ,輸入数量規制等の対抗措置を次々にひきおこし,1930年代末には日本貿易は円ブロック圏内部へ集中,偏倚していくことになった






2008-05-23 (金) 09:11:58 (4040d)