トクヴィル

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Charles Alexis Henri Clérel de Tocqueville アレクシス・ド・トクヴィル/トックビル/トクビル

トクヴィル †

 1805年〜1859年

  • フランスの歴史家・政治家。パリの名家に生まれた。
  • 国会議員や県会議員を務めたのち、1849年には五か月間外務大臣も務めた
  • ルイ=ナポレオンのクーデターに反対して逮捕され、政界を退く。
  • アメリカ旅行の経験をもとに著した「アメリカの民主主義」は古典的名著となる。


「アメリカの民主主義」
「旧制度とフランス革命」








【噴水台】トクビル(中央日報,2004/11/04) †

 アレクシス・ド・トクビルが『アメリカの民主主義』という本を出したのは、彼が30歳になった1835年だ。 出版と同時に売り切れ、トクビルが「第2のモンテスキュー」と絶賛されたのは、それだけ名著だったからだ。 独り立ちしたばかりの若者が、1冊の本で一躍ヨーロッパの知性のステージに上ることができたのは、民主主義に対する苦悩と熱情に沸いていたからであろう。

 トクビルはフランスの貴族の家で1805年に生まれた。 彼が生まれる直前、家内は革命の渦中にさらされていた。 彼の父も恐怖政治の中、断頭台に上がる運命だったが、ロベスピエールが先に処刑されたことで、劇的に助かった。トクビルは、革命が恐怖政治に変わり、再び反動の専制政治へと変わる極端な時代に生きながら、民主主義を話の種にした。 そして25歳でその答えを探しに新大陸に向かった。

 彼は「米国に到着するや否や、支配される者の資質の優秀さに驚き、支配する者の資質の足りなさに再度驚いた」と書いた。ヨーロッパとの違いだ。階級社会であったヨーロッパにおいて、被支配者は貴族階級に従属した農奴や下人たちだったが、米国では誰でも自由で対等な人格体を有していた(黒人奴隷を除く)。ヨーロッパでは貴族階級が政治を家業とみなし、複雑な王室文化を学びつつ合従連衡の国際外交を駆使する反面、米国では選挙を通じて誰でもすぐさま権力を掌握できる。 自由と平等の理念が具現化された新世界は、明らかに民主主義の未来だった。

 トクビルは、10カ月で1万2000キロメートルを旅行し、米国民主主義の根源を探した。その過程で、米国民主主義の弱点も見た。「多数の専制」の可能性だ。多数の支持により選抜された政治指導者が、独裁に似た全権を行使できる。専制君主の暴圧的な独裁ではなく、多数を保護する柔軟な専制政治だ。国民は選挙を通じて権力を選択すれば、直ちにその権力に従順となる。権力の保護の下に国民は安らかになると同時に、政治的に鈍くなる。そのため、特別に秀でた人物が政治指導者になれる。対外的な危機の前で、民主的な政府は暴力的に変わる恐れもあり、国民は驚くべき一体性を見せることもあるとした。

 160年前の本が、今日を語っているかのようだ。 そのため、古典だ






2007-03-10 (土) 21:33:10 (3851d)