ドイツ経済

「ドイツ経済」についてのメモ。ドイツ経済とは…
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ドイツ経済 †

1985年以降のドイツ連邦共和国の経済と産業] 1985年から97年までのドイツ連邦共和国の経済は,1991年を境に前後二つの時期に区分される。前半は,まず EU の市場統合(1985‐92)景気を受けて,EU への輸出の伸びを牽引車とするかなり高い経済成長が持続し,91年にはドイツ統一特需によって5%の高い成長率となった。この時期には旧西ドイツは EMS(欧州通貨制度)の基軸通貨国として,EU 諸国の経済安定の中軸国であった。対照的に後半は,経済的なむりを伴ったドイツ統一の咎(とが)が顕著となり,ドイツ経済は低成長,高い物価上昇率,経済収支赤字,巨額の政府財政赤字という旧西ドイツ経済からは想像できないほどの苦境を経験し,1990年代半ば以降ようやく回復軌道に乗ったが,力強さに欠けている。90年7月両ドイツが通貨・経済・社会保障面の統一を実施した際に,旧西ドイツ政府は大量移民防止など政治的な意図に基づいて両国産業の競争力を無視し,賃金などフロー面で旧東マルクをドイツ・マルクに対して1対1で交換した。これは実勢では東マルクの300〜400%もの切上げに相当し,製造業企業を中心に東の産業は倒産・整理に追い込まれた。社会保障支出と社会主義体制の下で遅れていたインフラストラクチャーの建設などのために,90年から95年まで旧東ドイツ地域に移転した公的資金は年平均で旧西ドイツ地域の GDP の5%をこえる。これら移転資金の多くはさしあたり需要を生み出すが供給を伴わないところから,ドイツにインフレ圧力と輸入の急増(経常収支の赤字化)を引き起こした。1991年から93年にかけてこの国としては異例の約4%の消費者物価上昇となり,ドイツ連邦銀行はインフレ抑制のため不況期に戦後最高の公定歩合を設定するなど高金利政策をとり,92年から経済は不況に突入し,93年にはマイナス成長を記録した。膨大な所得移転にもかかわらず,旧東ドイツ地域の労働生産性は95年時点で西の40%余り,賃金水準は70%程度,失業率は96年西の9.1%に対して15.7%に達している。旧東ドイツ地域の輸出は95年でドイツ全体のわずか2%未満である。21世紀に入ってもかなり長期間旧西ドイツ地域からの資金移転を必要とするであろう。1990年代のドイツ産業は,市場統合の時期にすでに指摘されていたハイテク分野への出遅れとサービス産業の弱さ,高コスト体質ゆえの経済空洞化(ドイツ企業の外国への投資増大・外国からの企業流入の不調)傾向などが構造化している。ドイツ経済を支えてきた製造業4大業種(化学,自動車,一般機械,電機)のいずれにおいても,雇用のピークは90年代初めであり,以後逓減している。ドイツ統一に精力を奪われ,90年代の厳しい世界競争の時代への対応に立ち遅れたといえよう。
 ヨーロッパ共産主義の崩壊による中・東欧諸国の市場経済への移行は,当初はそれら経済の収縮を招いたが,中欧諸国がプラス成長に転じた94年ころからドイツ企業のこの地域への直接投資が増大し,現地生産,委託加工なども含めて企業内国際分業が進展している。旧ソ連を含む中・東欧への輸出も急増し,94年には金額で対米輸出をこえた。これらドイツ東方諸国の経済の活性化はドイツに有利に作用し,経済システムの柔軟性の引上げに貢献するであろう。1999年から EU は通貨統合を開始するが,単一通貨流通は EU 単一市場を実効のあるものとし,ドイツの輸出に好ましい作用をもたらすとともに,フランクフルトに欧州中央銀行が立地する優位性や,ドイツの国際競争力の劣る金融部門のリストラと競争力の引上げなどの効果が期待されている。これら EU および周辺諸国との関係を基礎に,今後規制緩和などによってヨーロッパ統合のリーダーにふさわしい柔軟な産業・経済システムへ転換することが求められている。 






2007-03-10 (土) 21:33:19 (3908d)