ネグリチュード

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ネグリチュード †

〔黒人性の意〕

  • アフリカの黒人の文化・伝統の独自性を主張し、その価値を積極的に評価しようとする立場。
  • パンアフリカニズム(アフリカは一つであるとして,植民地主義からの脱却を求めるアフリカの民族主義的運動)の盛り上がりを背景にして,マルティニク出身のエメ・セザールやセネガル出身のレオポルド・サンゴールといったヨーロッパ的教養を身につけた黒人詩人たちが1930年代にパリで起こしたネグリチュード運動の思想的基盤となった概念。
  • 彼らは,それまで定められてきた黒人の感性や身体性を復権し,黒人が白人とは異なる主体であることを宣言して,植民地主義の西洋文化による抑圧に抵抗しようとした。

ネグリチュードへの批判 †

黒人文化をたんに類型的に白人文化に対置する彼らのやり方は,植民地主義が引いた白人/黒人の境界線を暗然のうちに受け容れるものでしかなく,ネグリチュード運動はアフリカの歴史的諸力を無視した,帝国主義勢力の自己延命のための産物でしかないという批判を受けるようになる。

ネグリチュード運動の代表的人物 †

  • フランツ・ファノン(1925〜61)
    • 『黒い皮膚・白い仮面』(1952)において,白人社会における黒人の実存的存在構造をフロイトラカンの精神分析やヤスパースサルトルの哲学をもちいて詳細に分析し,また,経済的には先進国に収奪された財の再配分を求めることによって,ネグリチュードの思想的あいまいさを乗り越えようとした。
  • エメ・フェルナン・セザール(1913〜)
    • フランス領マルティニク島のバス・ポワントに生まれ,パリに学び,帰郷して教師になる。黒人としてのアイデンティティーを回復し,解放の思想にいたるまで意識の発展を描いた長詩『祖国復帰ノート』(39)はアンドレ・ブルトンに絶賛された。また『植民地主義論』(55)などで西洋批判を展開し,植民地独立の過程でアフリカ知識人に大きな影響を与えた。
  • レオポルド・セガル・サンゴール(1906〜)
    • フランス領西アフリカ,セネガルに生まれ,アフリカ人初の中・高等教育教授資格を取得し,トゥールやパリの高校で教えた。第2次大戦後セネガル選出のフランス国民会議議員をつとめ(1948〜58),1960年のセネガル独立とともに初代大統領に就任(1960〜80)。ネグリチュード運動の理論的指導者として活躍しつつ,詩人としてもアポリネール賞(74)をはじめいくつかの文学賞を受賞した。





2008-06-11 (水) 11:24:38 (4060d)