アフリカのガゼルはライオンが迫ってくるのに、至近距離までぐずぐずしている。さっさと逃げればいいのに、跳びはねて挑発じみた動作までする。なぜだろう。
敵にみつからないよう地味な格好をする。それが進化の知恵だろうに、クジャクをはじめ動物のオスの多くは、むやみと派手だ。メスを獲得するためというが、渋さを競ったらどうか。
イスラエルの生物学者アモツ・ザハビ博士は「ハンディキャップ原理」でこれを説明した。
ライオンの前で蛮勇を示す習性とか、捕食動物に見つかりやすい派手な装いは、生存に不利なハンディキャップだ。しかし、生き延びてそこにいるということは、ハンディを上回る優れた何かをもっている証拠である。
つまり、ハンディが大きければ大きいほど優秀なのだ。それをメスも理解して、ハンディの大きいオスを伴りょに選択する。性淘汰がおこなわれ種が進化していく。
人間界では政治家や軍人にハンディキャップ原理の信奉者が多い。敵を作るのを承知でミサイル実験をしたり、境界線近くの海底を試掘したり。わが首相は抵抗勢力の多さが自慢だ。
しかし、ハンディキャップ理論にも注意が必要だ。トゲウオの一種のイトヨは胴体の側線が赤ければ赤いほどメスにもてる。だが、側線の赤色が偽のシグナルである場合がある。側線を赤にするため栄養不足になるオスがいて、そういうのはメスが苦労してうんだタマゴを食ってしまう(ネイチャー・ジャパン電子版2000年11月1日)。
虚勢と実力を見分けるのは、イトヨも人間も難しい。
発信箱:毎日新聞 2004年10月29日 東京朝刊