フランス革命

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フランス革命 †

 1789〜99年にフランスで、ブルボン王朝の圧制下にあった市民が、啓蒙思想の影響、アメリカ合衆国の独立に刺激されて起こした市民革命。絶対制末期の失政に抗議するブルジョアや一部貴族に一般民衆が加わって起こされた。

 バスティーユ牢獄襲撃に始まり、人権宣言の公布、立憲君主制の成立を経て、1792年に第一共和制を樹立し、翌年ルイ16世を処刑。その間、革命側の対立からジャコバン派による恐怖政治となり、ロベスピエールらが相次いで死刑となった。

 1785年、安定を求めて総裁政府が樹立されたが、1799年(ブリュメール十八日)ナポレオンのクーデターによって総裁政府が倒れ、革命に終止符が打たれた。

フランス革命

フランス革命は、国家財政の破綻に悩む政府に対する貴族の反抗から始まった。この財政危機は、17世紀末から植民地の争奪をめぐってイギリスと戦って結局敗北に終わったことや、ヴェルサイユ宮殿造営などの宮廷の奢侈に加えてアメリカの独立援助に巨額な費用を投じたことでももたらされた。

ルイ16世はテュルゴーを登用して、貴族の免税特権に手をつけることで財政再建を行おうとしたが、貴族の抵抗で挫折。そこで、王は、行き詰まった局面をルイ13世以来召集されていなかった三部会の召集によって打開しようとした。しかし、18世紀のフランス社会は、アンシャン=レジーム(旧体制)と呼ばれ、封建的な身分制度が温存されており、人口の99%近くを占める第三身分の平民は何らの政治的権力もない状態に置かれていたため、第三身分の代表は国民議会を組織し、憲法を制定するまで解散しないことを誓った(テニス=コートの誓い)。

パリでは、民衆の間に革命の機運が盛り上がり、バスティーユ襲撃(1789年7月14日)などの暴動に発展し、全国に波及していった。そうした中で、国民議会は1789年8月4日貴族の側から発議された「封建的特権の有償廃止」を決議、続いてラ=ファイエット、ミラボーらの起草した「人権宣言」を採択。革命の初期、主導権を握ったのは、ラ=ファイエットやミラボーらの立憲王政派(フィアン派)だが、ヴェルサイユ行進、ヴァレンヌ逃亡事件(国王夫妻のオーストリアへの脱出事件)以後主導権は、次第にジロンド派に移行。

1791年9月にはフランス最初の憲法が制定されて、一院制に基づく立憲君主政がとられ、財産制限による選挙が実施された。新憲法によって立法議会が召集され、ジロンド内閣が成立する。ジロンド内閣は、オーストリア、プロシアに宣戦し、革命戦争が勃発し1792年8月には、王権が停止され(8月10日事件)、翌9月に男子普通選挙による国民公会が成立し、王政を廃止して共和政樹立が決議された。フランス第一共和政の始まりである。国民公会では、下層市民(サンキュロット)や農民の支持を受けたマラー、ロベスピエールらのジャコバン派が優勢とり、1793年1月にルイ16世の処刑。この王の処刑を契機にイギリスのピットは対仏大同盟を結成し革命戦争に参戦。フランス国内では、民衆蜂起を背景に権力を掌握したジャコバン派が、執行機関の公安委員会を中心に、反革命粛清の保安委員会、革命裁判所によって、恐怖政治(テロル)を行い、「1793年ジャコパン憲法」の制定、封建的特権の無償廃止、理性の崇拝、最高価格令による物価統制、徴兵制、メートル法採用などの政策を強行。

ジャコバン派の急進的政策によって土地を獲得した農民は、急速に保守化し、これ以上の革命の進展を望まず、また商工業市民は経済の自由化を望んでおり、その結果、テルミドールのクーデターによってロベスピエールは処刑され、有産階級を主体とする温和な共和派(テルミドール派)が政権を掌握。1795年の憲法で、制限選挙に基づく二院制議会と5人の総裁から構成された総裁政府が樹立されたが、王党派の反乱や私有財産廃止を唱えるバブーフの陰謀がおこるなど政情は不安定であった。

  • 保守化した市民や農民にとっては、革命の終結と社会秩序の回復が重要で、それを実現する実力者の出現を期待。
  • ナポレオンの登場
    • ナポレオンは、総裁政府の将軍としてイタリア遠征(1796年)で頭角をあらわし、第2回対仏大同盟の最中、総裁政府の不人気を知り、エジプト遠征より帰国してブリュメール18日のクーデターを断行して、総裁政府を打倒してフランス革命が終焉。
  • 1788年
    • 寒冷のため農作物不作
  • 1789年
    • 5月 三部会召集
  • 国民議会
    • 立憲君主派
    • 進歩的貴族
    • 上層市民
  • 6月 国民議会成立
  • 7月 バスティーユ牢獄襲撃
  • 8月 封建的特権の有償廃止、人権宣言
  • 10月 十月事件(ヴェルサイユ行進)
  • 1791年
    • 6月 ヴァレンヌ事件(国王逃亡未遂)
    • 8月 ピルニッツ宣言(プロセイン・オーストリア) 
    • 9月 91年憲法制定
  • 立法議会
    • ジロンド派〔中産市民〕
  • 10月 立法議会成立
  • 1792年
    • 3月 ジロンド派の政権掌握
    • 4月 革命戦争の開始
    • 8月 王権停止宣言
  • 国民公会
    • ジャコバン派〔小市民・農民〕
  • 9月 国民公会成立、第一共和政成立
  • 1793年
    • 1月 ルイ16世処刑
    • 3月 第1回対仏大同盟結成
    • 6月 ジャコバン派の独裁(モンタニャール派中心)
    • 7月 封建的特権の無償廃止
  • 1794年
    • 7月 テルミドールの反動
  • 総裁政府
    • 市民
    • 有産
  • 1795年
    • 10月 総裁政府成立





2007-03-10 (土) 21:34:26 (3727d)