ブリュメール

「ブリュメール」についてのメモ。ブリュメールとは…
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ブリュメール十八日 †

  • 霧月の18日にあたるところからいう

ブリュメール18日 †

  • 1799 年11月9日(革命暦のブリュメール18日)のナポレオンのクーデター。
  • 総裁政府を打倒し、代わり統領政府が樹立され、ナポレオンの軍事独裁が始まった。

1799年11月9日(革命暦8年ブリュメール〈霧月>18日),フランスでナポレオン・ボナパルト(ナポレオン1世)が総裁政府を倒して独裁への道を固めたクーデターをさす。財政の困難な状況によって不人気となった総裁政府を目前にして,エジプト遠征からパリに帰還したナポレオンは,政治的変革をねらってE.シエイエス,C.タレーラン,J.フーシェの協力を得て元老会と五百人会を粛正し,翌ブリュメール19日執政政府を樹立した。

ルイ・ボナパルトのブリュメール十八日 †

Der achtzehnte Brumaire des Louis Bonaparte

  • マルクスの著作。
    初め『ディ・レボルツィオーン』誌第1号(1852)に発表され、1869年に改訂第2版がハンブルクで単行本として刊行された。ナポレオン1世の甥で1848年12月以来フランス共和国大統領であったルイ・ボナパルト(ナポレオン)は、51年12月2日にクーデターを行い、立法議会と参事院とを解散し、ナポレオン3世の名でフランス皇帝に即位した。このように3600万人のフランス国民がぺてん師に不意打ちを食わされ、抵抗もせずに捕らわれの身になるなどということが、どうして起こりえたのかを解明した歴史書。
    そこには史的唯物論の基本命題、階級闘争と革命の理論が、フランスにおける1848〜51年の歴史の分析に基づいて展開されている。
    マルクス主義のもっとも重要な文献の一つ。
  • 「ブリュメール18日」とは、1799年11月9日のことで、ナポレオン1世が執政政府をクーデターで倒した日である。ボナパルトのクーデターはその再版という意味。





2008-07-24 (木) 11:08:22 (3647d)