ヤポネシア論

「ヤポネシア論」についてのメモ。ヤポネシア論とは…
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ヤポネシア論 †

  • 島尾敏雄

「ヤポネシア」という言葉は、安住記者が紹介している極限的な戦争体験を経て、戦後長く奄美で暮らした作家の島尾敏雄さんが提唱した造語だ。「琉球弧」(奄美、沖縄本島、宮古、八重山の一連の島々)の暮らしから感じとられた、中心から見た日本と違った「もうひとつの日本」に島尾さんは「ヤポネシア」と名づけた。「ヤポネシア」という着想は、インドネシア、ポリネシア、メラネシアといった大平洋の島々の連なりの中に日本列島があるという捉え方から生まれている。

 日本の社会には、「みんなが一色に塗りつぶされてしまう息づまるような何か」つまり「固い画一性」があり、それが「日本人というものを狭くしている」と感じ、こういったあり方から抜け出すにはどうすればいいのかと、長く島尾さんは考えていた。そして、奄美に暮らすようになって、琉球弧の人たちには、そういう「固さ」がないことに気づき、「ナイーブな生命力のようなものが、この琉球列島の島々の生活にはひそみ、人々の挙措のあいだに、日本本土では忘れられてしまった「やさしさ」を見つけだすことができた」(「奄美---日本の南島」)。琉球弧の人たちの発想や挙措のこうした「やわらかさ」と本土の「固い画一性」の違いはどこからくるのだろうか、と考えていったところから、「ヤポネシア論」は生まれてきた。

 島尾さんは、日本社会の「固い画一性」は、近世の徳川時代の体制やその時代の武士道や儒教的倫理とのつながりが強いと考える。この肩肘を張った「固さ」は、さまざまな文化を受容してきた中国大陸に対するコンプレックスを裏返しにした虚勢のようなものと結びついている。他方、琉球弧は、長く琉球王朝の支配下にあり、中国の影響も受けているが、南の島々から入ってきた南方的な要素が強く、それが「本土(ヤマト)」の人たちのこわばった「固さ」のない「やわらかさ」を感じさせるのではないか。

JANJAN






2007-03-10 (土) 21:35:46 (4298d)