ヤルタ会談

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ヤルタ会談 †

第二次大戦末期の1945年2月、ヤルタ(現在のウクライナの黒海沿岸にある保養地)のリバディア宮で開かれた、ルーズベルト・チャーチル・スターリンという米英ソ3カ国の首脳による首脳会談。
ドイツの戦後処理、国際連合設立などについて協定したほか、秘密協定も結ばれた。

第二次大戦末期の一九四五年二月、米・英・ソのルーズベルト・チャーチル・スターリンの三首脳がヤルタで行った会談。降伏後のドイツの管理、国際連合の創設などについての協定が結ばれた。クリミア会談。

ヤルタ合意

  • ヤルタ会談にて、3ヶ国の首脳が欧州を東西に分断して、戦後の勢力圏を分け合った。これがその後の東西冷戦の原点となった。
  • ソ連の対日参戦と引き換えに南樺太など北方の領土を与えるとした密約もこのときなされている。(ヤルタ秘密協定=ヤルタ会談で結ばれ、第二次大戦後1946年2月に公表された日本問題に関する秘密協定。)

ヤルタ会談で結ばれた対日秘密協定。ドイツ降伏後三か月以内のソ連の対日参戦、南樺太(南サハリン)・千島のソ連帰属、モンゴル人民共和国の現状維持などを決めたもので、翌四六年二月に公表された。






2007-03-10 (土) 21:35:46 (3702d)