ユグノー戦争

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ユグノー戦争 †

1562年から98年、カトリック教会とユグノーの対立に貴族の政治闘争が結びついて起こったフランスの内乱。サンバルテルミーの虐殺で頂点に達した。スペインがカトリック側を、イギリスがユグノー側を支援したが、アンリ4世の即位とカトリックへの改宗、ナントの勅令によって争乱は終結した。

1562〜98 年のフランスの宗教戦争。新旧両教徒の対立が貴族の勢力争いと結びつき内乱に発展。他国の干渉も招いて陰惨な事件が続いたが、ナントの勅令により終結。

サンバルテルミーの虐殺 †

フランスで、1572 年 8 月 23 日夜から二四日にかけて聖バルテルミー(St. Barthlemy)祭の日にカトリーヌ=ド=メディシスらが行なった新教徒虐殺事件。パリで数千人、全国で約一万人の死者を出し、ユグノー戦争の激化を招いた。セントバーソロミューの虐殺。聖バルテルミーの虐殺。

《(フランス)Saint-Barthlemy》1572年8月24日(聖バルテルミーの祝日)の未明、パリに集まっていたユグノー(新教徒)が、カトリーヌ‐ド‐メディシスらによって虐殺された事件。3000人以上が殺され、虐殺は地方にも拡大し、ユグノー戦争は激化した。

ナントの勅令 †

  • 1598年、フランス国王アンリ4世がナントで発した勅令。
    カルバン派プロテスタントであるユグノー教徒に対し、信仰の自由とカトリック教徒と同等の政治的権利を認めたもの。これによりユグノー戦争は終結した。ナントの王令。

新教徒の信仰の自由と政治上の平等を認めたもので、ユグノー戦争を終結させたが、1685年、ルイ14世によって廃止。ナントの王令。






2007-03-10 (土) 21:35:49 (4490d)