院政

「院政」についてのメモ。院政とは…
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院政 †

院の庁で、上皇または法皇が国政を行っていた政治形態。応徳三年(一〇八六)白河上皇に始まり、天保一一年(一八四〇)光格上皇崩御まで断続して行われた。

上皇または法皇が院庁で政治を行なったこと。また、その政治形態。1086年白河上皇に始まり、形式的には1840年光格上皇死去まで断続した。

院政期 †

後三条天皇の親政を始めとして、白河上皇から後鳥羽上皇までの4上皇の執政時代。
後三条天皇の親政期を院政期に含むのは、この親政期の政策がその後の院政の政策の出発点となり、基調をなしたからである。院政期は、荘園制、国衙領の確立した時期であり、武士団の登場の時期でもあった。院政期の上皇としては白河上皇が代表的である。「朕の意のままにならぬもの、賀茂川の水、双六の賽、山法師」という言葉は、南都・北嶺の僧兵の実力の大きさを物語ると同時に、白河上皇の権勢の大きさを象徴している。

院政【文化・芸術‐日本史】 †

上皇、つまり院の執政を中心とする政治形態。上皇が政治と深くかかわった例は、持統太上天皇などにもみられるが、上皇執政の常態は応徳三(一〇八六)年に譲位した白河上皇から具体化した。普通、第一期=白河・鳥羽院政、第二期=後白河・後鳥羽院政、第三期=後高倉〜後宇多院政が有名。院政時代としては白河・鳥羽院政期を指す場合が多い。院庁・院近臣など、時代による推移があった。院政の名目は光格上皇で消滅する。






2008-02-13 (水) 03:10:39 (5042d)