改進党

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改進党 †

  1. 立憲改進党」の略称。
  2. 1952年(昭和27)、重光葵(しげみつまもる)を総裁とし、国民民主党・新政クラブ・農民協同党が合同して結成した政党。
    • 修正資本主義・協同主義を唱えた。
    • 1954年日本民主党に合同。

(1)立憲改進党の略。→3-289 大隈重信
(2)1952年2月8日,国民民主党,農民協同党,新政クラブが合体して結成された政党。中道政治を標榜。総裁重光葵。54年11月24日,分党派自由党と合同して日本民主党を結成した。

改進党【かいしんとう】
(1)*立憲改進党の略称。
(2)*民主党内野党派と,*国民協同党などが合流してできた国民民主党を母体とし,旧*民政党の公職追放解除組が加わって,1952年2月に設立された政党。国民協同党の系譜から,<協同主義の理念>が綱領内に明記されたが,他方では<自衛軍創設・日米安保改定>と<憲法の再検討>という政策も打ち出された。初代総裁は*重光葵(しげみつまもる)。*造船疑獄の捜査等による自由党吉田政権の動揺を克服するため,54年に本格化した<保守再編>の動きの中で,*日本自由党,自由党内鳩山派との連携の道を選び,54年11月の*日本民主党設立に合流して歴史を閉じた。






2007-03-10 (土) 21:37:38 (5552d)