拡大と深化

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EUの拡大と深化 †

 オーストリアのカレルギー伯爵や英国のチャーチル首相が提案した欧州の統一の実現で、人々の夢がいま達成されたのである。

 2度の世界大戦でおびただしい血を流し、町村を破壊された欧州の人々の恒久平和の願いが「ひとつの欧州」になって、結実したともいえる。

 また、2度の大戦で、欧州文明の地位が没落し、米国やアジアにその勢いを奪われたことに対する危機感が欧州再生の思想へとつながったともいえる。

 欧州統合は、まず、2度の大戦の原因となった仏独の対立を解消し、仏独協調を欧州再生の柱とすることから始まった。そして、仏独の経済協力・管理から欧州経済共同体の設置や統一通貨の導入、統一経済政策の策定まで進んだ。

 いま、欧州では共通外交・安保政策の導入や欧州憲法の制定まで話し合われている。

 半世紀の歩みを見ると、誰もが予想しなかった地点に欧州がたどり着いたことがわかる。人々の努力と英知は称賛に値する。

 もちろん、問題がないわけではない。新規加盟の10カ国と従来の15カ国の間には、大きな経済格差が存在する。一朝一夕には解消しない。農業政策や移民問題でも、双方の間には大きな溝がある。

 一言でいえば、豊かな西はどこまで貧しい東を助け、その負担を引きうけるかという問題で、道を間違えば東西差別や東西不信へとつながりかねない。

 さらに大きな問題は、欧州連合の枠内に入らなかった周辺諸国かもしれない。バルカン、トルコ、北アフリカ、旧ソ連諸国が繁栄から突き放され、「新たな壁」の外に残されるならば、紛争や混乱の火種となる可能性が十分にある。

 この問題の背景には、どこまでが欧州で、どこまで欧州は拡大できるのか、という根源的な問いが横たわっている。

 多分、欧州自身もはっきりした回答は持っていない。試行錯誤するしかない。行く先は見えず、険しい前途が待ち構えている。このため、欧州の行く末を疑問視したり、冷笑する人も多い。

 しかし、欧州はさまざまな批判や矛盾、対立、あるいは亀裂を抱えながら、「深化と拡大」を掛け声に、ここまでやってきた。さらに、従来の国家観を変える21世紀の新しい国家の在り方について、しきりに模索している。

EU拡大の歴史 †

現代用語の基礎知識2004
EUの歴史には拡大と深化の二つの側面がある。1957年に結ばれたローマ条約に基づいて、58年EEC(欧州経済共同体)が発足する。原加盟国はイタリア、フランス、西ドイツ(当時)、オランダ、ベルギー、ルクセンブルクの6カ国であった。73年にイギリス、アイルランド、デンマークが加盟して9カ国に、81年にはギリシャが加盟して10カ国となる。86年にはイベリア半島の2カ国スペインとポルトガルが加わって12カ国となった。ECは加盟国数が原加盟国の2倍となり、ほぼヨーロッパ大陸の主要諸国を網羅したこの段階で拡大政策をいったん中止し、深化に重点を移すことを宣言するのだが、その9年後の95年に再び拡大に転じ、北欧のスウェーデンとフィンランド、アルプスのオーストリアが加盟して現在加盟国は15カ国である。2004年5月には10カ国が加わり、加盟国は25カ国となることが決まっている・

EU深化の歴史 †

  • 1958年にEECが発足する以前に52年ECSC(欧州石炭鉄鋼共同体)が結成された。この組織はヨーロッパの平和を維持するためには独仏不戦が最重要であり、そのためには独仏を同じ組織に加盟させて連帯責任を負わせるのが最善の方策であるという発想に由来している。したがって戦争に不可欠な石炭と鉄鋼の生産を共同管理する共同体を最初に発足させたのである。ECSCの成功によりさらに経済全般にこれを拡大することになり、EECと、将来のエネルギーである原子力を管理するユーラトム(EURATOM=欧州原子力共同体)が58年同時に発足する。つまりEECは発足の当初から経済的な側面だけでなく、政治的側面を強くもっていた。3共同体は67年に発効した単一組織設立条約によって、それまで各組織に個別に設けられていた閣僚理事会を統一するなど、管理部門をひとつにまとめてECとなり、政治的統合へ向けてさらに大きく前進する。87年には国家主権を一部制限しても統合の実をあげるため、単一欧州議定書が発効する。この間、欧州内では、統合の推進か国家主権重視かの論議が繰り返され、統合派のドロールEC委員長と、主権派のサッチャー・イギリス首相の論争は、解決することのないEU永遠の課題である。深化の方向は91年のマーストリヒト条約の合意でさらに深まるが、その批准作業で批判もふきだして同条約の見直しが行われ、その成果としてアムステルダム条約が合意される。そのアムステルダム条約もニース条約によって改定され、閣僚会議での各国持ち票を見直すなど新規加盟国の受入れ態勢が整った。マーストリヒト条約の大きな目標であった通貨統合は、99年1月、ユーロが正式に発足したことによって現実のものとなった。発足当初11カ国であったユーロ圏は2001年ギリシャが加わって12カ国となった。ユーロは02年1月、通貨として流通を始めた。





2007-03-10 (土) 21:37:47 (3759d)