吉田東洋

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吉田東洋 †

1816-1862
幕末の土佐藩士。通称は元吉。藩主山内豊信に登用されて藩政改革を推進・断行したが、勤王党のために暗殺された。

幕末の土佐藩士。藩主山内豊信に登用され藩政改革に努めたが、保守派・尊攘派に暗殺された。

幕末の土佐藩士。藩政改革にあたる。200石の馬廻役,吉田光四郎正清の4男。通称,元吉,正秋。天保13(1842)年船奉行,翌年郡奉行,嘉永2(49)年閑居,静遠居と称した。安政4(57)年復職し,「新おこぜ組」と称する改革派の頭目として人材登用,藩権力による流通機構の掌握など藩政改革に力を尽したが,上士階級と藩内攘夷派志士らの反対を受け,下城の途中,那須信吾らに暗殺された。文久1(61)年『海南政典』を脱稿,彼の死後,清書された。原書は戦火に焼失したが,写本が残っており,幕末の土佐藩封建組織を知るための好資料。

→8-250 坂本竜馬,19-608 山内豊信






2007-03-10 (土) 21:38:29 (4579d)