共和主義

「共和主義」についてのメモ。共和主義とは…
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republicanism

共和主義 †

共和制

republicanismの訳語。君主によって統治されない民主主義的な政治形態(共和制)を要求ないし支持する立場。古代ギリシアやローマ,ルネサンス期のイタリアにも共和制はみられたが,共和主義という用語は,近代*市民革命の時期に,君主が存在しないという意味に民主政体という意味が加わって生れた。ピューリタン革命期のイギリスの思想家ハリントンがこの意味での共和主義を最初に主張し,アメリカ合衆国やフランスに影響を与えた。日本では自由民権期以降,君主制・天皇制廃止を唱える論者も存在したが,天皇制の圧倒的支配の下に共和主義は根づかなかった。

マディソンの共和主義
近代において,民主主義が強く意識されはじめたのはアメリカ独立革命およびフランス革命である。そのいずれにおいても,イデオロギーのレベルに先行して事実のレベルでの民衆エネルギーの解放があったが,その意味を敏感に感じとって,対抗の理論武装を急いだのはまず支配層であった。アメリカでは,独立が達成され,連邦憲法制定を中心とする新国家建設が課題となった1780年代,〈民主主義の行過ぎ〉を警戒する声が大きくなっていった。そして,下院に表明される民衆の発言力を抑制する意図で,厳密な三権分立制がとられた。理論においても,連邦憲法起草者の一人 J. マディソンは,〈人口数の少ない人民によって構成され,全員がみずから集会し統治する純粋民主制〉に対して,〈代表〉による統治のほうが,連邦という,広大な領域を包含する能力と,より優れた統治者を調達する可能性をもち,それによってのみ国内の党派的分裂は克服されるであろうと主張し,そうした彼の立場を共和主義 republicanism と呼んだ。ここでマディソンは,大規模社会における民主主義の実現可能性と民衆の自治能力という,近代民主主義理論にとって根本的な二つの困難を問い,伝統に従ってそれを不可能として,代りに,選挙されたより良き少数者による統治を主張したわけであるが,こうした統治の概念は,かつてアリストテレスが貴族制の特質とし,同時代においても近代保守主義の教祖 E. バークが主張した代表理論であった。バークはその後,フランス革命に際して,フランス国民議会の行動は文明そのものの破壊行為であり,〈完全な民主主義とはこの世における破廉恥のきわみ〉と断じた。






2007-03-10 (土) 21:38:40 (4180d)