教科書裁判

「教科書裁判」についてのメモ。教科書裁判とは…
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教科書裁判 †

  • 1965年(昭和40)、高校日本史教科書の執筆者である家永三郎(当時・東京教育大学教授)が、自著の高等学校教科書に対する文部省の教科書検定不合格処分は憲法に違反する検閲であるとして、国を相手に提訴した裁判。
  • 家永三郎元東京教育大教授が原告となり,自著の高校日本史教科書の検定に関し国に対して起した訴訟。
  • 第1次訴訟(国家賠償請求の民事訴訟)は1965年に提訴,93年国側勝訴で終結。
  • 第2次訴訟(行政処分取消請求の行政処分)は67年提訴,最終的に<訴えの利益>が認められず89年終結。
  • 第3次訴訟(80年度条件付合格となった検定などに対する国家賠償請求の民事訴訟)は84年提訴,1・2審とも検定制度とその運用を合憲とした。ただし93年に東京高裁では,8か所の検定処分のうち南京虐殺など3か所については国の<裁量権逸脱の違法>として国家賠償を命じ,97.8.29最高裁は検定制度は合憲としたが,新たに731部隊削除も違法と判決した。
  • 一連の教科書裁判では,市民・学生・教職員・出版関係者・学者などからなる<教科書検定訴訟を支援する全国連絡会><同歴史学関係者の会>などが組織され,市民の支援運動のみならず学習運動や歴史学と歴史教育のかかわりを深化させる場ともなった。70年の第2次訴訟第1審(東京地裁)では,教師の教育の自由と教科書執筆者の自由を尊重し,教科書の不合格処分を違憲とする画期的な判決(杉本判決)が出された。なお新たに,高嶋伸欣琉球大学教授が高校現代社会教科書の執筆部分に対する検定を違法として93年6月に訴訟を提起し(横浜教科書裁判),98年4月の地裁判決は部分的に違法性を認めた。
  • 教科書検定





2007-03-10 (土) 21:38:43 (4941d)