桂小五郎

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桂小五郎 †

1833‐77(天保4.6.26‐明治10.5.26) 幕末・明治前期の指導的政治家。長州藩医和田昌景の2男。桂九郎兵衛の養子となり,桂小五郎と称す。松下村塾に入門し,江戸に遊学。藩内の公武合体策に反対し,尊王攘夷運動を指導した。禁門の変では慎重論を説き,帰藩後に藩政の中枢を掌握。藩命で木戸と改名。1866(慶応2)に薩長盟約を結び,討幕を推進した。新政権の発足後は,参与,総裁局顧問を歴任。*五箇条の誓文の作成,版籍奉還の推進など,封建体制打倒の中心となり,大隈重信・伊藤博文らの改革派官僚を庇護した。71(明治4)7月には参議として廃藩置県を断行。同年11月に岩倉遣外使節団の副使となる。帰国後は内治優先の漸進論を主張。74年の台湾出兵に反対して参議を辞し,75年の大阪会議で復職して立憲制の漸進的導入に尽力。卓越した識見を持ったが,大久保利通らの薩摩系とは対立することが多かった。






2007-03-10 (土) 21:39:08 (4660d)