古代国家

「古代国家」についてのメモ。古代国家とは…
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古代国家の形成 †

  • 弥生文化
    • 生産が増大して、農産物の蓄積が可能になると、貧富の差が生じて階級分化が生じた。
  • 次いで、集落の統合がおこなわれ「くに」が発生。邪馬台国が地域連合国家の代表例。地域連合国家は、更に統合されて、大王を中心とする大和の豪族連合により国土の統一がもたらされ、4世紀には朝鮮半島の高句麗と抗争するまでに盛大となった。
  • 5世紀になると、中国(南朝の末)の皇帝の権威を借りて王権の強化を図る為、倭の五王(讃・珍・済・興・武)が朝貢外交をした。
  • 6世紀になると、朝廷内の権力闘争が激化して、物部氏蘇我氏の対立、筑紫国造の磐井の反乱などで大和朝廷の支配に動揺がみられるようになった。
  • 大和朝廷の発展で大王と並ぶほどの権力をもつようになった中央豪族は、大伴氏の継体天皇擁立、蘇我氏の欽明天皇擁立にみられるように、自己の勢力拡大に有利な天皇の擁立をはかっていた。蘇我氏の欽明天皇擁立時にはこれに反対する大伴氏が安閑、宜化天皇を擁立し、二つの皇統が並立する事態を招いた。

一方、継体制における磐井の反乱は、大和朝廷の度重なる出兵で軍役を課せられた北九州の豪族の不満が背景にあった。

大伴氏は、加羅(任那)四県の百済への割譲に際して収賄事件を起こしたとして、物部尾輿によって大伴金村が失脚させられ衰退。

その結果、欽明朝は蘇我氏と物部氏の協力によって運営されることとなった。
その後、百済から伝えられた仏教の受容の可否が蘇我氏と物部氏の対立を激化させるた。






2007-03-10 (土) 21:39:44 (3702d)