護送船団方式

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護送船団方式 †

  • 弱小金融機関に足並みを揃え、過度の競争を避けて、金融機関全体の存続と利益を実質的に保証する、戦後日本の金融行政のこと。
    • 〔補説〕 船団を護衛するとき、最も速力の遅い船に合わせて航行することから

護送船団方式〔現代産業〕
第2次世界大戦中に海外の占領地に物資を輸送する船団を海軍が護衛して航海させた方式をもじったもの。わが国の産業政策の特徴を揶揄的に表現した用語。特定の産業を監督官庁が保護して、他の産業からの参入や外国企業の進出を抑制し、安定した産業秩序を確保したうえで、産業全体の競争力と収益力を高める産業政策。官民一体となった産業育成策は、戦後の復興期、高度成長期には大きな効果を発揮した。特に国内市場を安定的に確保しえた日本企業は、海外市場の確保に集中することができた。しかしこの政策に対し、海外からの国内企業保護政策への不満は当然として、国内からも批判が出てきた。企業間の戦略も多様化し、業界としての意思統一がとりにくくなった。弱小企業の保護を最優先しているうちにトップ企業も国際競争力を喪失してしまっている例が出てきた。規制緩和が進行するなかで、官民の新しい役割分担による産業政策の展開が求められている。

日本版ビッグバン(Japanese version of big bang)〔金融〕
金融制度の大改革。護送船団方式といわれた従来の金融行政を大転換し、徹底的な金融自由化による利用者の利便性向上を図ることがねらい。1996(平成8)年11月、橋本首相(当時)は、フリー、フェアー、グローバルを3原則とする金融システム改革の推進構想をうちだし、98年6月には、日本版ビッグバンに向けた法改正の集大成というべき金融システム改革法が成立した。具体的には、株式売買委託手数料の自由化、銀行・証券・保険業務への新規参入促進、証券投資信託の整備、有価証券店頭デリバティブの全面解禁、取引所集中義務の撤廃、ディスクロージャーの充実、取引ルールの整備などが盛り込まれており、一部を除いて98年12月1日に施行された。

1990年代前半にバブル経済が崩壊し、不良債権を抱えた金融機関の経営が急速に悪化。邦銀に対する市場の疑心暗鬼が高まるなか、旧大蔵省は金融行政の透明性を高めるため、業界保護を優先する「護送船団方式」からの脱皮を迫られた。政府の財金分離政策に基づき、98年6月に大蔵省の検査・監督部門を金融監督庁として分離。金融機能早期健全化法などの関連法も整備され、銀行への公的資金投入の道が開かれた。2000年7月には、金融監督庁が大蔵省の金融企画局を統合して現在の金融庁が誕生した。






2007-03-10 (土) 21:39:53 (3930d)