国学

「国学」についてのメモ。国学とは…
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国学 †

江戸中期に興った、文献学的方法による古事記・日本書紀・万葉集などの古典研究の学問。儒教・仏教渡来以前の日本固有の文化を究明しようとしたもの。漢学に対していう。契沖(けいちゆう)を先駆とし、荷田春満(かだのあずままろ)・賀茂真淵・本居宣長・平田篤胤(ひらたあつたね)らによって確立。古学。皇学。

2 律令制下の地方教育機関。国ごとに設け、郡司の子弟に儒学などを教授した。

3 中国の夏・殷(いん)・周の制度で、国都に設けた学校。隋以後は国子監という。

1 古事記・万葉集などの日本の古典を研究して、日本固有の思想・精神を究めようとする学問。江戸中期に興り、荷田春満(かだのあずままろ)・賀茂真淵(かものまぶち)・本居宣長(もとおりのりなが)・平田篤胤(ひらたあつたね)らによって確立、発展した。和学。皇学。古学。

2 律令制下、国ごとに置かれた、郡司の子弟のための学校。主に経書を教授した。

→大学

3 古代中国の国都に置かれた学校。隋以後の国子監に相当する。

国学 †

  • 江戸時代中期になると,民族意識の高揚を背景として古学の実証精神に影響されつつ国文学・国学の研究がさかんとなった。国学は『古事記』『日本書紀』『万葉集』をはじめとする古代日本の思想精神を実証的に研究し,儒教や仏教とは異なった日本独自の精神文化を発掘することをめざした。

契沖(1640年〜1701年),荷田春満(1669年〜1736年)の国文学研究がその先駆となり,賀茂真淵・本居宣長・平田篤胤によって確立された。

  1. 賀茂真淵(1697年〜1769年)
    • 『万葉集』の研究に取り組み,男性的でおおらかな気風を「ますらおぶり」とよび,その素朴で純真な精神を高く評価した。平安時代以降は「からくにぶり」(外来の儒教・仏教精神)や「たおやゆぶり」(『古今集』『新古今集』に見られる女性的やさしさ)が広まり,「ますらおぶり」が失われたとした。
  2. 本居宣長(1730年〜1801年)
    • 『古事記』の研究を通して,日本文学の本質を対象に接した際に生じる自然的な感情である「もののあはれ」に求めた。外来の儒教・仏教精神に見られる漢心に対して日本固有の大和心を重んじ,惟神の道(日本の古い道)を国学の追求すべき理念とした。
  3. 平田篤胤(1776年−1843年)
    • 国学の研究を通して,儒教・仏教の精神を排し天皇への服従こそが日本固有の精神であるという国粋的な復古神道を唱え,幕末・明治維新の思想的原動力となった。





2007-03-10 (土) 21:40:40 (3969d)