国際経済史

「国際経済史」についてのメモ。国際経済史とは…
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国際経済史 †

  • 重商主義
    • 重商主義とは.貿易収支の余剰収奪とそれによる国家の欲望成就を連結した同家およびその利益経済の追求にある。
    • 貿易を盛んにして財貨を蓄積することで国富の増大を図ろうとする経済理論である。近世ヨーロッパで広く行われた。
  • 帝国主義経済は.一つの国家が政治的・経済的に他国を支配して強大な同家を作ろうとする考え方に基づいた埋論。産業革命を経て独占的な段階に達した資本主義を背景として.領土の分割をめぐって争う対外膨張的な政策。この考え方に基づいて植民地獲得が繰り広げられ、第一次世界大戦ではイギリスやフランスが後発のドイツと争った。
  • 自由貿易
    • 自由貿易とは,政府が貿易に介入せず.市場での競争は自由に行われる貿易のことである。自由に品物を貿易することができるため,優位な側が自分の都合で取引の条件を決めることができる可能性が高いため強者の政策ともいわれる。
  • 保護貿易
    • 保護貿易は.政府が貿易に介入して自国の産業を保護し、国内経済の安定を図るもので.主要品目は保護することで安い他国の製品の輸入は制限が加えられることになる。このため、弱者の政策ともいわれるこの場合には、例えば.輸入品は高関税が課せられ、輸出品は政府からの補助が与えられるといった政策が取られる。
  • 国際分業
    • すべての国でまったく同じ物を同じように同じだけ生産していたとすれば,価格に差はつきにくいだろう。しかし.国によって生産できる農作物は異なり,得意とする技術は異なるのである。そこで考え出されたのが.自国の得意な生産物を多く生産し.不得意なものについては他国から輸入することでお互いに安く製品を仕入れることを考え出したのである。
    • 例:リカード比較生産費説
  • 国際分業には垂直的分業と水平的分業がある。
  • 垂直的分業
    • 工業製品生産国と、一次産品生産国との間で行われる国際分業
  • 水平的分業
    • 加工度合いが同じ程度の生産国同士で行われる国際分業

第一次世界大戦後の国際経済 †

  • イギリスは金融・貿易面でアメリカよりも大きな影響力をもっていたが,第一次世界大戦後に国際収支異字が減少したことでポンド価値の維持ができなくなった。アメリカや日本の製品が元のイギリス市場に流入し国際競争力が落ちたこともイギリスの復興を妨げた。残ったのは多額の戦争債務と財政赤字である。アメリカは高関税政策をとっていたため,輸入は抑えられていた。工業化は進められ欧州,ラテン・アメリカなどに機械などの輸出を伸ばし,大幅な黒字を計上した。ただ国内需要は停滞気味であったため,貯蓄の増大から派生した投機ブームはバブルを生み,実体からかけ離れた経済状況からの揺り戻しで株価が大暴落し,大恐慌に陥った。
  • 1924年のドーズ案に基づき,アメリカからドイツへの投資に始まり,それを元にしたドイツから英仏への賠償金支払い,そして英仏からアメリカへの戦争債務返済という金融の循環は,欧州の銀行の信用不安から派生したドイツの賠償金支払い停止,英仏の戦争債務支払い能力への不安により崩れ始めた。結果的には各国の金本位制からの離脱が相次ぎ,協調的な国際経済体制としては成立しなくなった。各国は恐慌対策を余儀なくされた。

世界恐慌への各国の対応 †

  • 戦間期に各国は金本位制のもとで独自の行動をとっていた。その後に発生した世界恐慌後も経済的な協力を行わず,独自の行動をとった。
  • アメリカは高関税政策と為替の引き下げを行い,各国はその報復措置で同様の行動をとった。こうすることでイギリスやフランスはブロック経済を発展させ,帝国主義的な対立が助長されることとなった。このため,後に国際経済安定の必要性が互いに認識されることとなった。
  1. 全体主義体制
    • 労働組合解体と産業統制(ドイツ・イタリア)
    • 経済資本の国有化と統制(ソ連)
  2. 修正資本主義
  • ニューディール政策(アメリカ)
  • 社会民主主義の台頭,社会立法の整備(イギリス・フランス)

ブレトン・ウッズ体制の成立 †

  • 1944年アメリカ・ニューハンプシャー州のブレトン・ウッズで44カ国が集まり自由貿易体制についての話し合いが行われた。ここで成立したのが,ブレトン・ウッズ協定であり,ブレトン・ウッズ体制の成立であった。自由貿易を行ううえでの国際通貨・金融体制の安定と,当時の債権団であるアメリカの国際政治経済体制へのコミットを維持することが目的であった。このブレトン・ウッズ協定によりIMF(国際通貨基金)とIBRD(国際復興開発銀行)の設立が決定した。ただし,自由貿易に関する機関としてのITO(国際貿易機関)については戦後に交渉が延期された。

IMF体制 †

  • 金とドルとを一定割合で兌換することを目的とした国際通貨体制である。これはIMFが通貨取り引きに関して,為替の自由取引と安定化によって貿易・投資の円滑化を図ることを目的としている。そのうえIMF協定の第8条では商品・サービスなどの経常取引に対する為替管理を禁止しており,この条約の対象国となると自国通貨と外国通貨との間に何の制限を設けることもできなくなる。貿易を自由にかつ安定的に行うために、金ドル本位制を採用し,各国はその固定された平価(固定された基準)を1%以内の枠内に収めるため,日本銀行などの通貨当局が外国為替市場へ介入して相場を維持することが義務づけられた。
  • ブレトン・ウッズ協定におけるIMF体制の骨子。
  1. 金1オンス=35ドルの自由兌換(国同士のみ,アメリカ当局による保障)
  2. 固定レートの採用(例:1ドル=360円 <平価> ±1% → 1945〜1971.8)
  • 現在は短期の金融体制である。また.1986年に構造調整融資制度が採用された。これは低所得国への援助制度である。加盟国の国際収支や通貨価値が不安定になったときに緊急融資を行い支援を行う
    • 1997年後半からのタイのバーツが変動相場制に移行したことをきっかけに発生した下落と東南アジアを中心としたマレーシア・インドネシア・韓国などアジア諸国の金融危機への対応がその例である。
  • ネガティブ・コンセンサス方式





2007-08-28 (火) 21:40:15 (3495d)