国富論

「国富論」についてのメモ。国富論とは…
HOME > 国富論

諸国民の富

国富論 †

  • 〔原題 An Inquiry into the Nature and Causes of the Wealth of Nations〕
  • 経済学書。アダム・スミス著。1776年刊。
  • 資本主義社会を初めて体系的にとらえ、分業と労働価値説とに基づいて自由放任主義の経済を説いたた古典学派の代表作。

■『国富論』(諸国民の富)を生み出した背景

 アダム・スミスの主著『国富論』が出版されたのは1776年のことであり、彼の生涯の後半期は産業革命の勃興期と重なっており、資本主義の確立に向けて時代が大きく変わっていく転換期にあたる。だが、イギリス産業革命の進展を持ち出しただけでは、スミスの体系とその時代との対応関係はわかったとしても、いかにしてスミスの体系が生まれたのかはわからない。

 スミスの『国富論』は重商主義の危機という文脈で生じた。それまでの重商主義の常識によれば、一国は他国を犠牲にしてのみ経済力を増大でき、植民地の保有とその強化を頂点とする国家の強行的政策によってのみ、一国経済の発展が可能である、というのである。
 重商主義に対抗し、当時のイギリスに処方箋として、スミスは『国富論』を提供したのである。

■『国富論』の内容

・富とは?
 従来の重商主義によれば、「富=貨幣」と規定され、いかにして流入する貨幣を増やし流出する貨幣を減らすかという観点から政策が決定される。だが、スミスは、富とは国民が年々に消費するいっさいの生活必需品や便益品、としてとらえた。

・分業について
 文明社会では貧しい者でも、未開社会の国王よりも豊かである。スミスは文明社会を特質づける生産力の基礎を、交換によって媒介される分業、すなわち孤立的労働の社会労働への結合に置いた。

 スミスは,分業が労働生産力を改善する理由を,有名なピン工場の例をあげながら説明している。もし職人が1人だけでピンをつくるならば1日に1本のピンをつくることも容易ではない。ところがスミスが訪れたピン工場では,10人の労働者が作業を分担して働き,1人当たり1日に4800本ものピンを製造していた。分業がこのように労働の生産力を高めるのは,]働者の熟練や技能を改善し,△△觧纏から別の仕事へ移動する時間を節約し,O働を単純化して機械の発明を容易にする,という3つの原因に由来している。
 分業は、このような工場内の分業だけでなく,社会全体の労働が一つの巨大な結合労働となり、社会的分業において行われている。文明社会の富裕は社会的分業の結果なのである。

・分業と商業社会

スミスは,広範な分業を生み出す「交換」という人間の行為が、愛情や利他心ではなく、人間本性にそなわった交換性向と利己心の結果であると考えた。たとえば,パンを必要とするならば、パン屋に空腹を訴えるのではなく、パン屋が欲している物を与えなければならない。
 ひとたび社会的分業が確立されてしまうと、各人はみずからの労働によって作りだされた生産物のうち、自分自身が消費する分を超えた部分を、他の人々の労働生産物と交換することによって、自らの労働生産物だけでは満たされない欲望を充足しようとする。このようにして、交換が中心となるような商業社会に成長する。ここでスミスがいう商業社会とは、農業も工業も含めた広い意味であり、市民社会の経済的側面を表現するものでもあった。

 商業社会では、貨幣が重要な役割を果たす。パン屋と肉屋の物々交換が成立するためには,パン屋が肉を欲しがると同時に肉屋がパンを欧しがるという欲望の二重の一致が必要であるが,これは必ず成立するわけではない。人々は,こうした物々交換の不便を避けるために,ほとんどだれもが受け取る商品を「商業の共通の用具」(交換手投)として用いるようになった。パン屋は,自分のパンをだれでも受け取る貨幣と交換し,次にその貨幣を肉などの自分が必要とするものと交換するならば,物々交換の不便は解消される。

・自然価格と見えざる手
 スミスは、すべてのものについて、その交換価値は、それを所有することによって得られる支配力に等しくなると考えた。換言すれば、市場で求められる、労働または労働の生産物をどれだけ支配することができるかということによって決められると考えた。貨幣経済のもとでは、たんに交換比率だけでなく、名目価格も決まってくる。
 このような相互依存関係が安定的に維持されてゆくためには、交換の条件が人々の自由な意志に沿って、各人の利益と調和されたものでなければならない。そのような交換の条件を、スミスは「自然価格」という概念で表現した。自然価格のもとでは、各人が自由に行動し、選択した結果、生産要素の配分が決まり、さまざまな財・サービスの産出量が定まる。そこで生産されたものは、人々が必要とする量と一致するようになる。個々の人々は、自らにとってもっとも望ましいと思う交換をしようとしたときに、社会全体として調和のとれた状態、つまりすべての財・サービスについて、需要と供給とが一致するような状態が実現し、しかも長期間にわたって維持される。各人がそれぞれ自分の利益を考えて行動しているにもかかわらず、社会全体として望ましい状態が実現するのは、まさに「見えざる手」によるものであるとスミスは考えたのである。労働者がみずからの労働の生産物をすべて受け取るという本来的な状態は、資財の蓄積と土地の所有が進行するにつれて、維持することができなくなる。自然価格は、労働賃金の他に、利潤、地代から構成されることになる。そして、その背後には、労働者、資本家、地主という三大階級が存在し、この三大階級から市民社会が構成され、それぞれ内発的な動機にもとづいて行動しながら、自然価格のもとで全体として調和のとれた状態を維持しながら、社会全体の富の蓄積がおこなわれてゆくというのがスミスの世界観だった。

■『道徳感情論』との関連

『国富論』におけるスミスの考えは、それに先立つ17年前に書かれた彼の『道徳感情論』(1759年)における説と矛盾するのではないかという疑問は早くから提出されてきた。つまり、スミスの『国富論』における利己心に基づく市場行動の評価と、『道徳感情論』における利他的な感情の評価との関係をどのように解くかという、いわゆる「アダム・スミス問題」である。

 だが、これは『道徳感情論』における「同感」を誤解したものに過ぎない。スミスの「同感」は、特別な利害・感情関係のない個人どうしの間で成り立ち得る是認の感情を指すものであり、利己的経済行為を否定するものではない。

 『道徳感情論』で追求したのは、人々が対等かつ自由に振る舞い、誰もが自分の利益を追求しているみなされるような社会での秩序形成の可能性である。
 スミスによれば、こうした社会における秩序を支えるのは、情動的な一体感ではなく、行為者それぞれの立場に仮に我が身をおいて考えることによって生ずる「同感」である。ゆえに、対象となる行為は、金儲けのための行動であってもかまわない。利己心と、ひとしく利己心を持った他人に対する同感が基本原理におかれているのである。

 しかし、他人を傷つけたり、公平さに反する手段を取るような行為に対しては、人々は「同感」しないであろう。したがって、社会生活のなかで、人々は次第に、自分の利己的行為を、公平な他人の目からみて是認されうる範囲内に抑えるというのである。


 スミスが道徳の基礎に理性ではなく感情を置いたのも、あるいは市場社会の構成原理として利己心や自愛心を考えたのも、突き詰めれば、人間は全知全能ではないという基本的認識があったからである。ここに19世紀以降の新古典派経済学が人間を全知全能の経済人と規定するところと、まったく違った視点がある。スミスは、個々の人間が所得や富の増大という目的のためだけに行動するような「合理的」な存在だとは考えていなかった。そして、彼は極端なレッセ・フェールを唱える政治的アナーキズムとは無縁な思想家である。自己利益の追求は、闇雲になされてもよいということではなくて、「正義のルールを侵さない範囲で」という前提となる条件があるのである。

■経済学史的意義






2007-03-10 (土) 21:40:53 (3668d)