穀物法

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穀物条例

穀物法 †

  • 穀物生産者を保護するために穀物の輸出入を制限したイギリスの法律。
  • 特に1815年に制定、1846年に廃止されたものをいう。

Corn Laws
穀物、とくに小麦の輸出入に一定の制限を加えた法律。イギリスで14世紀以来しばしば制定された。当初は輸出に制限を加えることにより消費者への保護を図ろうとしたものであったが、1660年からは輸入に対して関税がかけられるようになり、生産者の保護に力点が置かれるようになった。とくにナポレオン戦争後の1815年には穀価が一定価格に達しない場合(小麦の場合は一クォーター当り80シリング)には穀物の輸入を禁止する法律が制定された。この法律は、当時の穀価の下落、輸入穀物の増加という状況のなかで地主・農業経営者の支持を受けて制定されたものであったが、生産品の輸出、原料の安価な購入と穀価および労賃の低額安定を望む商工業者はこの法律に強い不満を示すことになった。それぞれの利害を代表するマルサスとリカードとの間に論争がなされた(穀物法論争)のをはじめとして、地主・農業経営者と商工業者との間でこの法律の存廃をめぐって激しい対立が生じ、以後のイギリス社会の一つの問題点となった。その後1828年の改定で、穀価の変動によって関税を増減するという制度の導入も試みられたが、これはかえって投機をあおり、穀価を不安定なものとしたため、穀物法への反対を強めることになった。こうしたなかで自由貿易を主張する商工業者が反穀物法同盟を結成し根強い反対運動を続けたため、結局穀物法は1842年の改定を経て、46年の議会においてその廃止が決定された。この決定はイギリスの自由貿易政策への一つの転機をなすものであったとされている。

穀物法論争
Corn Law controversy
ナポレオン戦争末期から終結直後にかけて,1815年に成立した新たな穀物法の是非をめぐってイギリスで争われた論争。D.リカードとT.マルサスが双方の代表的論客で,前者は産業資本家の立場に立ち,穀物の高価格は劣等地の耕作,地代の騰貴,利潤率の低下,資本蓄積の停滞をもたらすとして反対し,後者はどちらかといえば地主階級の立場から,地代もまた経済発展に不可欠な有効需要の構成要素だという観点から新穀物法を支持した。この論争は当時の時論としてだけではなく,のちに体系化された両者のそれぞれの経済理論はかなりこの論争時の自己の政策的主張の理論的裏づけという性格をもつ。






2007-03-10 (土) 21:40:57 (4153d)