最大多数の最大幸福

「最大多数の最大幸福」についてのメモ。最大多数の最大幸福とは…
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最大多数の最大幸福 †

  • この言葉は,ベンサムの最初の著作『政府論断片』(1776)の中にあり功利主義の代名詞のようになっているが,もとはイタリアのベッカリーアの『犯罪と刑罰』の英訳(1767)からとったもの。ベンサム自身述べているように同様の考えは,J.プリーストリの『統治の第一原理と政治的,市民的,宗教的理性の本性について』(1768)の中にもある。
  • ベンサムのいう「最大多数の最大幸福」の原理の内実は,「快楽や幸福を生むものが善であり,苦痛や不幸を生むものが悪である」,「社会の善は,その構成員の善の総計である」,「道徳は,人間性の客観的法則によって決まる」,「快楽と苦痛は数学的に計算可能である」,「個人の快と苦の感受能力は等しい」といったものである。
  • 快苦を数学的に計算できるという考えからも明らかなように,ベンサムが目指したのは,ニュートン物理学のような客観的で普遍的な道徳科学である。このような厳密な科学に基づいて,意図や動機ではなく結果によってその行為は判定される。それゆえベンサムの倫理説は動機説ではなく結果説である。
  • 快苦の計算は,強さ(intensity),持続性(duration),確実性(certainty),遠近性(propinquity),多産性(fecundity),純粋性(purity),範囲(extent,majority)の七項目を基準にしておこなわれる。
  • しかし,ベンサムはこのような快楽計算の具体例をまったく挙げていないので,実際どのようなものなのかは不明。
  • かれにとって倫理とは,「最大多数の最大幸福」を実現するために(つまり社会全体に最大量の幸福が生まれるために),以上のような「功利性の原理」に基づき,その構成員を指導する方法なのであり,それは,自分に対する義務である「慎慮」と,他人の幸福を減少させまいとする「誠実さ」と,それの増大を目指す「慈善」という三要素からなっている。このような考えの根底には、性善説を基調としたベンサムの楽天的な人間観がみてとれる。

最大多数の最大幸福 †

  • 資本主義が早い時期に成立したイギリスでは、ペンサムなどによって功利(効用、利益)をすべての価値の原理とする功利主義が唱えられた。
  • 功利主義は、人間誰でも自らの幸福を追求するという前提から出発する。人は通常、自分の利益のために行動するが、利口な人間なら、できるだけ大きな幸福を得るためには他人の助けが必要であり、その助けを得るためには他人にも何かをしなければならないことに気付く。社会全体が幸福にならなければ個人の幸福もありえない。そこで社会全体の幸福をできるだけ大きくし、かつそれをできるだけ多くの人に分配するという原理すなわち「最大多数の最大幸福」が功利主義の原理となる。





2008-05-02 (金) 17:44:58 (3247d)