細川護煕

「細川護煕」についてのメモ。細川護煕とは…
HOME > 細川護煕

細川護煕 †

  • 1938年生まれ。東京都出身。
  • 1963年、上智大学法学部卒業とともに、朝日新聞社入社。1968年、退社。
    1971年より参議院議員。1983年から1991年まで、熊本県知事。1992年、日本新党結成、参議院当選。
  • 1993年、衆議院当選、内閣総理大臣。
  • 細川藤孝(幽斎)より始まる細川家の第18代当主。
  • 母方の祖父は、近衛文麿。
  • 細川内閣(1993年8月〜1994年4月)
     総選挙による自民党の大幅過半数割れで誕生したのが,新生党・日本新党・新党さきがけ・社会党・公明党・民社党・社会民主連合・民主改革連合の7党1会派が日本新党代表細川護煕を首相に擁立する連立内閣。

細川首相は,小選挙区比例代表並立制導入を主な内容とする政治改革を最大の政治課題とした。これには連立与党内でも社会党の反対が強く.政治改革4法案は社会党から造反議員が多数山たため参議院で否決された。連立内閣は危機に陥ったが,細川首相が自民党の譲歩案を飲む形で政治改革法案を成立させた。

しかしその直後,細川首相は消費税に代わる国民福祉税構想を発表したことに社会党と新党さきがけが反発し撤回。さらに日米包括経済協議をめぐるクリントン大統領との会談が異例の決裂となり,武村官房長官と小沢新生党代表幹事との対立も深まった。こうした中、細川首相の東京佐川急便からの1億円借り入れ疑惑に対する自民党の追及が強まり,辞任した。






2007-03-10 (土) 21:41:04 (3671d)