四大文明

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世界四大文明

四大文明 †

…のいずれも大河流域に発生した四つの古代文明。都市・階級・文字・国家を生んだ。

四大文明:国家の成立 †

  • チグリス・ユーフラテス流域のメソポタミアでは、紀元前3000年頃から農業生産の増大に伴って人口も急増し、ウル、ラガシュなどの都市国家が、シュメール人によって建設された。シュメール国家は楔形文字を使用し、リピト・イシュタル法典などの成文法を作っていた。この地域は、交通の要衝であったことから、国家の興亡が盛んであった。
  • シュメール国家に次いで、メソポタミア初の統一国家アッカド王国が登場する。紀元前2000年頃になるとアムル人が古バビロニア王国を形成し、ハムラビ王の治政下において、回書復讐法を原則とするハムラビ法典が編纂された。ヒッタイト(オリエントて鉄器を初使用)の侵入で古バビロニアが滅ぼされた後、紀元前7世紀前半には、アッシリアが初めてオリエントを統一し、アシュルバニパル王の時に最盛期を迎えるが、紀元前7世紀末に新バビロニア、メディア、リディア(初の金属貨幣鋳造)、エジプト新王国に四分されて滅亡した。新バビロニアは、ネブカドネザル2世の時にユダ王国を滅ぼしバビロン捕囚を行うなど最盛であった。全オリエントを統一したアケメネス朝ペルシアは、ダリウス1世の時が最盛であった。ダリウス1世は、サトラップ制を整備し、「王の目、王の耳」と呼ばれた監察官の派遣、駅伝制の整備を行うなど中央集権体制の確立に努めた。
  • ナイル流域のエジプトでは、紀元前3000年ころメネス王の下でノモス(都市国家)が統合され、古王国(都メンフィス)が始まる。古王国時代は、第4王朝の時が最盛で、巨大なピラミッドが多く築造された。テーベを都とする中王国時代末期には、ヒクソスの支配を受けた。同じく、テーベを都とする新王国時代にアメンホテプ4世がアトンを唯一神とする宗教改革を断行した。エジプトの文字は、時代により、ヒエログリフ、ヒエラティック、デモティックと変遷をとげていった。
  • この種の国家は、インダス流域、黄河流域にも初期国家としてみとめられる。黄河流域では、紀元前4000〜3000年頃の仰詔文化(灰陶、彩陶中心)、紀元前2000年頃の竜山文化(黒陶中心)を経て、土塁で周囲を囲った大村落の邑が形成され、やがて、邑の連合国家の殷によって、古代中国の統一がなしとげられる。





2008-05-25 (日) 12:56:21 (3487d)