実存主義

「実存主義」についてのメモ。実存主義とは…
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(フランス)existentialisme じつぞんしゅぎ/実存哲学

実存主義 †

  • 人間の実存を哲学の中心におく思想的立場。合理主義・実証主義による客観的ないし観念的人間把握、近代の科学技術による人間の自己喪失などを批判し、20世紀、特に第二次大戦後に文学・芸術を含む思想運動として展開される。
  • 1930年代、ドイツのハイデガーやカール・ヤスパースなどが哲学に持ち込んだ実存*1が、第二次大戦後、フランスに輸入され、サルトルらによって、通俗化、イデオロギー化して広まった思想。ハイデガー、ヤスパースらの実存の哲学を主義、主張に変容させたもので、ハイデガーらは、自分たちと実存主義者とを区別した。
  • 実存主義とは、機械文明の発展によって信仰を失い、神の絶対的価値が失われたことに端を発する。「もし絶対的価値基準がないなら、人間的な本質などないのではないか、ならば我々は神が望むような形ではなく、我々が自由に望むように選択(創造)できる。」という思想。
  • この絶対的な個人偏重(主にサルトルの思想)はすぐに構造主義によって乗り越えられたとも、また実存はごく当たり前のこととなって、取り立てていうまでもないことになったともいう。 またサルトルの定義にしたがっていえば、「実存主義とはヒューマニズムである」とすれば、どこにでもいつでも、人がその状況と立ち向かうところ常に偏在するともいえるかもしれない。
  • 実存主義を哲学のみならず、文学、芸術などにも拡大解釈する場合(オットー・フリードリッヒ・ボルノウなど)、パスカルやドストエフスキー等も実存主義者だと解される場合もある。

実存主義 †

  • いまここに生きるおのれ自身の存在を意味する「実存」を出発点に据える思索の試みを指す。
  • そのモチーフは,デカルト(1596〜1650)の同時代人であり,「人間は自然のうちでもっとも弱い一茎の葦にすぎない。しかしそれは考える葦である」と述べたフランスのパスカル(1623〜62)のもとにも似たような発想が認められるが,通常は前世紀のキルケゴール(1813〜55)に由来する立場を意味する。
  • キルケゴールは,流行していたヘーゲル哲学に不満を抱いていた。一切を理性によって捉え尽くすことを目指し,それが可能だと主張するヘーゲルの理性を絶対視する立場は,キルケゴールの目には、もっとも大切なものをとり逃がしているように感じられた。
  • 実際,ヘーゲルの死後すぐに,似たような視角からヘーゲル批判を展開した人物に,若い頃はヘーゲルと協働したこともあったシェリング(1775〜1854)がいる。その後期の思想においてシェリングは,理性によってはどうやっても合理化できない悪や悲惨な事実のあることを指摘し,そこから独自の思索を展開していった。
  • その講義を聴講し影響を受けたキルケゴールは,理性的な把握に逆らうもろもろの事実のなかでも最たるものが,自分自身のこの事実存在にほかならないと思いいたり,それを「実存」と呼び、おのれの思索の基盤に据えた。
  • 私は,なぜかも分からずにこのような存在として生まれ落ち,この先どのように生きるべきかをみずからの責任において選択していかなければならない。このかけがえのない主体的実存こそが哲学における本当の真理であり,この点にかかわらない普遍的真理などを知ってもなんの役にもたたないとキルケゴールは考えた。
  • 生前は孤独な思想家だったキルケゴールの思索は,第一次世界大戦後にドイツを中心として再評価される。敗戦後の焦土のなかで一切の既成の価値観が崩壊したドイツで,キルケゴールの個人的な実存からする思索を採りあげ直して,体系的な実存哲学にまで深めたのがヤスパースだった。
    • 『哲学』(1932年)を出版したヤスパースは,同時期に『存在と時間』(1927年)を刊行したハイデガー(1889〜1976)とともに,「実存哲学」の担い手と目された。また同じ頃にフランスでは,マルセル(1889〜1973)がキリスト教信仰にもとづく独自の実存的思索を展開した。
  • 第ニ次世界大戦後になると,この実存に根ざした思想がサルトルやメルロ=ボンテイといったフランスの若い哲学的世代によって採りあげ直され,「実存主義」と呼ばれる思想運動を生むことになった。
  • 特に、講演「実存主義はヒューマニズムであるか」(1948年)のなかで「人間は自由という刑に処せられている」と言いきって,無神論的実存主義を標榜したサルトルは,実存主義を哲学の額域に限定せず,文学や政治の領域にまで拡張し独自の議論を展開した。
    • 彼の名は知識人の代表として全世界的なものとなり,それと平行して実存主義は,第2次世界大戦後の政治状況下で,資本主義かマルクス主義かという米ソ対立構図のもとで,マルクス主義への対抗イデオロギーとして機能した。
  • しかし,1950年代を通じて次第に退潮していき,構造主義にとって代わられることになる。
  • とはいえ,なにものにも代えがたいおのれ自身の実存だけから思索を展開するというその基本モチーフは,哲学の永遠の課題でありつづける。

実存主義 †

19世紀末から20世紀にかけて,爆発的な発展を経験した西洋文明は合理性や理性を重んじる思想と密接に結びつきながら,個性や主体性をもった人間存在そのもの(実存)を疎外し,抑圧しはじめた。実存主義とは,このような人間存在の疎外・抑圧に対する異議申し立てをおこなった一連の思想をいう。いずれも,西洋文明の合理性に対して非合理性を,抽象性・客観性に対して具体的な個人の内面(主観性)を重視する傾向がある。世紀末の絶望と不安といった感情を如実に表現する思潮。

実存主義の代表的な人物 †

実存主義・その2


*1 Existenz、元の邦訳は「現実存在」。九鬼周造がそれを短縮して「実存」とした。





2008-05-26 (月) 17:06:10 (3321d)