「実存」とは「現実存在」「事実存在」を意味するExistenzの訳語だが,もともとこの語は,スコラ哲学以来伝統的にessentiaと対で使われた。その際、essentiaは普通「本質存在」と訳され,あるものがなんであるかを指す術語である。それに対して,existentiaの方はそのものが現実に存在していることを指す術語である。
日本語で言えば,「…である」と「…がある」のちがいに相当する。
本質存在とは,あるものの普遍的で客観的な,そのかぎりで抽象的な規定を表わす。
たとえば本とはなんであるかの規定は,本であるかぎりでのすべての本に当てはまる。だが,いま私の眼前にあるこの本は,友人から贈られたものでもある。そのかぎりでこの本は,けっして本一般には解消されず,世界に一冊しかない本というそれ固有の具体的な存在性格をもっている。この,どんな事物もがそなえている「このもの」性をとりわけ人間に関して重視したのが,キルケゴールである。