社会主義者鎮圧法

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社会主義者鎮圧法 †

  • 1878年10月21日、ドイツで社会主義運動の弾圧を目的に公布された法律。
  • 社会主義運動を敵視していたビスマルクは、1878年、皇帝狙撃事件が起こると、これを口実に議会の協力を得て同法を制定した。
  • この法律は、「社会民主主義、社会主義もしくは共産主義的な活動」によって国家、社会秩序の転覆を図ろうとする結社、集会、印刷物、寄付金の徴集などを禁止したほか、特定地域の部分的戒厳令の施行、違反者の居住地制限などを規定していたので、社会主義運動は大きな打撃を受け、同法施行後の10年間に、1299の印刷物、332の団体が禁止された。
  • しかし社会主義者の被選挙権を奪うことはできなかったから、ドイツ社会主義労働者党は地下活動によって党勢を拡大、1890年2月の選挙では142万票、35議席を獲得した。そこでビスマルクは同法の強化を図ろうとしたが、議会が1890年1月、同法の有効期限の延長を否決したため、同法は9月失効し、ビスマルク退陣の一因をつくった。





2008-05-26 (月) 17:23:48 (3284d)