進化論

「進化論」についてのメモ。進化論とは…
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進化論 †

生物は造物主によって現在の形のまま創造されたとする種の不変説に対して、原初の単純な形態から次第に現在の形に変化したとする自然観。生物のそれぞれの種は、単純な原始生物から進化してきたものであるとする考え。

 19世紀後半、ダーウィンらによって体系づけられ諸科学に甚大な影響を与えた。ラマルクの用不用説、ダーウィンの自然淘汰説、ド=フリースの突然変異説などがある。現在では主として進化の要因論をいう。

進化論 †

 一般に進化論とは,いま世界に存在する多様な生物が,一つないし若干数のもととなる共通の生物から,長い年月をかけて分岐してきたと考える思想。

 こうした考え方の萌芽はすでに18世紀にあったが,一個の思想として確立されたのは19世紀。
 この考え方は,生物の起源と多様性に関する聖書の伝統的な教え(あらゆる生き物は造物主である神によってはじめからいまある姿で造られたとする見解)とは決定的に対立するものだったために,当初は大きな反発を生んだが,次第に受け容れられていった。

 18世紀にすでに,フランスの博物学者ビュフォン(1707〜88)やナチュラリストであるラマルク(1744〜1829)が,自然史的な視点からの進化論的発想を展開していた。
 だが,基本的にはそれとは独立に,進化をもたらす自然的原因として「自然選択」というメカニズムを導入することで,「進化論」の枠組みをつくりあげたのは,イギリスのダーウィン(1809〜82)とウォーレス(1823〜1913)の功績であり,その思想は『種の起源』(1859年)でおおやけにされた。
 その後,20世紀になって再評価されたメンデル(1822〜84)の遺伝理論と結びついて,偶発的遺伝変異による自然選択理論を主軸とした「総合理論」の大枠がJ.ハックスリー(1887〜1975)らによって完成された。

 現代の進化論では,個体以上に種が重視され,種の存続という観点が前面にでているが,これは1930年代以降ネオ・ダーウィニズムにおいて顕著になった傾向である。その後も理論面,現象面の双方にわたって,いまなお新しい展開が進行中である。

 その一方,進化論が広まるにつれて,それを社会にもあてはめようとする傾向も摂著になっていった。すでにイギリスのスペンサー(1820〜1903)が社会有機体説の発想に基づいた社会進化論を唱えて,社会ダーウィニズムの先駆をなした。それをうけて19世紀後半から20世紀前半にかけてヨーロッパを中心に流行した社会ダーウィニズムは,資本主義や帝国主義の社会体制を進化論の名を借りて正当化しようとした試みとして悪評高いし、その流れをくむ優生学思想もいまなお根強く,たとえば遺伝子治療の分野で問題となっている。

 近年ではウィルソン(1929〜)の『社会生物学』(1975年)も,生物学的観点から社会的なものをも説明しようとする試みの一つである。ウィルソンの発想は,人文科学と社会科学のいずれをも進化論の枠組みのなかに吸収してしまおうという志向を明確に打ちだしたものだったために,大きな論議よんだ。
 現在,生物学の理論としては一応のかたちをなしている進化論を,社会や文化,道徳や思想といった領域にどのように接合していくかというテーマは,依然として,今後さらなる検討が必要とされる課題である。

進化論の思想史的意義 †

 進化論という発想によって,キリスト教に由来するそれまでの人間中心的な世界観が根底から覆された。
 人間を世界の中心に置こうとするキリスト教的発想に対して,サル的な祖先からのヒトの進化という図式が進化論によって導入された結果,いまや人間をほかの動物たちと同じ地平において考えることが求められるようになった。もちろん,この要求はいまなお自明なものになったとは言いがたい。それはたとえば,アメリカの一部の熱狂的ファンダメンタリズムが学校での進化論の教育を拒否していることや,ローマ法王が進化論との公式の和解を宣言したのがようやく1996年になってのことである点などからもうかがえる。






2007-03-10 (土) 21:43:20 (3701d)