政治理論

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日本の近代政治学〔政治理論用語〕
幕末の外艦渡来はひろく日本国民の目を覚まし、これを刺戟に起こった明治維新は、大政奉還あるいは王政復古といわれ、幕府から提起された公議公論としては、このとき初めて「政治」というものが議論の対象となった。政治という現象が科学の対象として採り上げられ、従来の儒学、国学では、激動の時代には用を足さなくなった。
そして近代政治学の誕生は普選の実現した一九二五(大正九)年をもって劃期とする。蝋山政道の『日本における近代政治学の発達』〔一九四九(昭和二四)年〕によると、明治維新以来わが国の政治学は「憲法制定」と「自由民権」を中心に議論されてきたけれども、近代政治学の性格は「明治憲法の根本変革なくしては実現され得ない」ものであった旨が記されている。
しかし、明治憲法は一度とて改正をみず延々として半世紀以上続き、日米戦争敗戦に至って、ともすれば黒船の再来を想わせる外国からの力を受けて漸く現行の『日本国憲法』へと改正される。また、日本の政治学もその影響を大きく受けることになった。
前掲『日本における近代政治学の発達』(新泉社)をみると、戦後の問題意識の下に書かれており、そこには、福本イズムとか、河上肇とか、政治思想史では論議の多い思想について触れられており、丸山眞男の言説にも言及して「社会科学の気負った再建の只中でひとり何をすべきかに思いあぐみながら、まだ踏切をつけないでいる学問はほかならぬ政治学であるといっては言い過ぎであろうか」とある。衆人が目をこらして注目しつつも、その前に躊躇しがちの河上肇や福本和夫の言説を政治学説としてとり上げる人は珍しい。福本という人は、幕末文化をとらえて日本ルネッサンスを言及するかと思えば、ヘーゲル左派、マンハイム、ルカーチ等と並んで中国の石刻本の揚州八怪や平賀源内をも評価をするというのは、知識人としても稀有な幅を持つひとである。






2007-03-10 (土) 21:43:50 (3875d)