石原慎太郎

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石原慎太郎 †

  • 森巣博「政治家『極右』と呼ぶ基準は何か」/『朝日新聞』 2002/06/02朝刊−私の視点
    (抜粋・要約)

    前略。
     朝日新聞のインタヴューで、石原氏は都知事2期目を狙う、と答えている。しかし「石原新党」旗揚げの噂は途絶えることがない。
     しかし、ちょっと待っていただきたい。なぜ「石原新党」には、「極右」という形容を日本のメディアはかぶせないのだろうか?フランスのルペン氏、オーストリアのハイダー氏、オーストラリアのハンソン氏、そしてオランダの故フォルタイン氏などが率いる政党に、日本のメディアは必ず「極右」という冠を付けるのではなかっただろうか?
     なぜ、(彼ら彼女らは日本のみならず、世界中のメディアから)「極右」と指定されたのか?簡単な理由である。彼ら彼女らは、「民族の固有な性格、価値」の存在を信じ、移民排斥につながる主張をしたからだった。一方、石原都知事は、「国家社会なり民族の個性を表象する垂直な倫理、垂直な価値観」(毎日新聞01年8月12日)の存在を信じているだけではない。前記の「極右」政治家たちが躊躇する一線をいともたやすく跳び越しながら、涼しい顔をしている。「日本よ 内なる防衛を」と題された新聞コラムで、
     「こうした民族的DNAを表示するような犯罪が蔓延することでやがて日本社会全体の資質が変えられていく」(産経新聞01年5月8日)と石原氏は激しく警鐘を鳴らした。DNAとは、つまり本人がいかに努力しようが、不変の因子であろう。そしてそれは子孫に遺伝する。「民族的」という言葉を載せてはいるが、その主張は明瞭な「人種論」だった。これはルペン氏やハイダー氏ら「極右」政治家たちですら、公式的には決して主張できない「論」である。なぜなら、右の発言を公共の場ですれば、「人種差別扇動・助長行為」として起訴されてしまうからだ。
     ルペン氏やハイダー氏の率いる政党には「極右」の形容をかぶせる日本のメディアは、しかし石原氏のDNA発言をほとんど問題化してこなかった。「石原新党」は、あくまで「石原新党」のままである。これはいったいなぜなのか?マスコミによる言論誘導か。この素朴な疑問に、関係者各位は応答責任があると考える。ぜひ理由を教えていただきたいものだ。






2007-03-10 (土) 21:44:11 (3665d)