疎外

「疎外」についてのメモ。疎外とは…
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疎外 †

ヘーゲル絶対精神はあまりに強力で抽象的であるために、かえって現実の血の通った人間の姿が見失われる、とフォイエルバッハは考えた。

彼は、ヘーゲル哲学は「神が自然を創造したという神学を合理的な形で表現したものにすぎない」と述べ、人間の具体的現実を哲学的思索の中心にすえようとする。

 神が人間を創造したというのは誤りだ、と彼は言う。実際には人間が神を作ったのだ。その場その場の状況次第でさまざまな考えを持ち、行動する人間は何が自分の本当の姿かわからなくなり、分裂してしまう。そのような人間が、自分の真の本質を投影してできあがるのが神である。

 人間の本質の一つとしてフォイエルバッハがあげるのが「愛」だ。それは誰の中にも元々備わっているが、自分の利益と欲望に執着する現実の人々はそれを実行に移せない。そのため人は、愛という自分の本質を神として対象化し、崇拝する。

 本来、自分の内部にあるものを、自分からは遠な部(すなわち神)に投影し、それによってかえって支配されてしまう、こうした状態をフォイエルバッハは「疎外」とよぶ。

 彼によれば、ヘーゲル哲学にも人間の自己疎外がある。ヘーゲルは、人間や自然を絶対精神から産み出されたものとする。ところが、絶対精神は人間の精神を外部にたてたものだった。こうして、人間の作ったものが人間を産み出し、支配するという逆説、すなわち疎外が生まれる。

 このフォイエルバッハの考えは、マルクスに大きな影響を与えた。

労働者の疎外






2007-03-10 (土) 21:44:29 (3701d)