大衆の反逆

「大衆の反逆」についてのメモ。大衆の反逆とは…
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大衆の反逆 †

  • オルテガ・イ・ガセーの大衆社会分析を展開した著。1930年刊行。

「大衆」とは「自らを評価しようとせず、みなと同じだと感ずることに安心する人々」と規定される。宙ぶらりんの虚構の生のなかでふざけて暮らしている大衆的人間とは、実は専門バカの科学者なのであり、その一方で国家による<生>の管理が始まったと論じた。

  • 冒頭、オルテガは、次のように書いた。

    「ことの善し悪しはともかく、今日のヨーロッパの社会生活において最も重要な一つの事実がある。それは、大衆が完全な社会的権力の座に上ったことである。大衆はその本質上、自分自身の存在を指導することもできなければ、また指導すべきでもなく、いわんや社会を支配するなどおよびもつかないことである。したがってこの事実は、ヨーロッパが今や民族、国家、文化の直面しうる最大の危機に見舞われていることを意味している」

こうした危機を「大衆の反逆」と呼ぶ。

  • 「大衆」とはどのような人をさすのか?

『大衆の反逆』でオルテガは、俗流的な、あまりにも俗流的な大衆の動向に対して、容赦のない嘲笑をあびせかける。その際、彼のいう「大衆」は、必ずしも労働者階級を意味するものではない。オルテガは、大衆の観念は群衆という量的な観念を質的に規定することによって得られる。

「社会というものはつねに、少数者と大衆という二つの要素からなるダイナミックな統一体である。少数者とは、特別な資質をそなえた個人、もしくはそうした個人からなる集団であり、大衆とは、特別な資質をそなえない人びとの総体である。したがって、大衆という言葉をただ単に『労働者階級』だけをさすものだとか、あるいは主として『労働者大衆』をさすものだというふうには解さないでいただきたい。大衆とは『平均人』のことである」

 群衆の概念は、1895年に刊行されたルボンの『群衆心理』や1901年に刊行されたタルドの『世論と群衆』などによって彫琢された

  • 『群衆心理』でル・ボンが群衆を「非常に劣性な心性」をもつものとして、さらにまた群衆心理を「衝動的・激昂的・軽信的・妄動的・被暗示的」な性格をもつものと規定しつつ、現代を群衆の時代とした。
  • ルボンの群衆論は、民主主義への不信の念によって貰かれていたが、タルドは『世論と群衆』で、群衆と峻別される「公衆」の概念を提唱し、それに民主主義の成立基盤を認めようとした。かれは、現代を群衆の時代とみることに反対するのだが、かれにしても、群衆の俗流的傾向に着目することではルボンとなんらかわるところはなかった。

『大衆の反逆』でオルテガは、ル・ボンやタルドの群衆論を継承しつつ、独自の大衆論を構想した。彼によれば、大衆とは、一つの社会階級をさすものではなく、今日あらゆる社会階級のなかに現れており、われわれの時代を支配している一種の人間類型をさすものとされた。したがって今日、社会的権力を行使している者はだれかと問うたオルテガは、技師、医者、財政家、教師などの専門家層に、特に科学者を指す。

「今日の科学者は結果的には大衆人の典型ということになる。しかもそれは偶然のせいでもなければ、めいめいの科学者の個人的欠陥によるものでもなく、科学−文明の基盤−そのものが、彼らを自動的に大衆人に変えているからである。つまり、科学者を近代の原始人、近代の野蛮人にしてしまっているからである」

 オルテガによれば今日の科学者は、その「専門主義」の野蛮性ゆえに、大衆人の典型をなすものとされる。同時にオルテガが、当時の労働者の動向に、かれのいわゆる「大衆の反逆」を認めていたこともまたたしかであろう。『大衆の反逆』でオルテガは、ヨーロッパにおいて数年前から「奇妙なこと」が起こりはじめていると書き、その具体例としてサンディカリズムやファシズムのような政治的運動をあげて、次のようにいう。

「サンディカリズムとファシズムという見せかけのもとに、ヨーロッパにおいては初めて、相手に道理を説くことも自分が道理を持つことも望まず、ただ自分の意見を押しつけようと身構えている人間のタイプがあらわれたのだ。ことの新しさはここにある」

 ここでもまた大衆の大衆たるゆえんは、その「知的閉鎖性」にもとめられた。

José Ortega y Gasset

オルテガ・イ・ガセット †

1883-1955

 スペインの哲学者。人間と世界を数学的に一面化するデカルト的思考に反発し、歴史的理性の概念を導入した。代表作に、大衆社会の到来を予告した「大衆の反逆」など。






2007-03-10 (土) 21:44:56 (3910d)