第二次世界大戦

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第二次大戦

第二次世界大戦 †

大恐慌後、世界再分割をめざす後進資本主義国である日本・ドイツ・イタリアのファシズム枢軸国と、アメリカ・イギリス・フランス・ソ連・中国などの連合国との間に起こった全世界的規模の戦争。

1939年ドイツのポーランド侵入が発端となって開始され、
1941年日本の対米開戦による太平洋戦争の勃発とドイツの独ソ不可侵条約破棄による独ソ戦争により戦乱は一挙に全世界に拡大した。当初は枢軸国が優勢であったが、
1942年後半から形勢は逆転し、
1943年スターリングラードの戦いでドイツが大敗して以後、
1943年9月イタリアが降伏、
1945年5月ドイツ、続いて8月日本が無条件降伏し、戦争は終結した。

第二次世界大戦は、当初帝国主義戦争の性格を有していたが、1941年の独ソ開戦以後ファシズムに対する民主主義の戦いとなった。初めは全体主義陣営のドイツ、日本が勝ち続けたが、戦争が長期化すると経済力、工業力に劣る日本やドイツは戦争の負担に耐えきれなくなり、1943年のスターリングラード(現ボルゴグラード)の包囲戦敗北が戦局転換点となって、連合軍の反撃が始まった。

  • 1943年9月、イタリア降伏、
  • 1945年5月、ドイツ降伏
  • 1945年8月アメリカによる広島、長崎への原爆投下、ソ連の参戦で日本も無条件降伏し、第二次世界大戦は終わりを告げた。

第二次世界大戦の戦後処理 †

  • 独ソ開戦後すぐに始まった。
  • 1941年8月にアメリカ大統領ルーズヴェルトとイギリス首相チャーチルは、大西洋会談を行い、「大西洋憲章」を発表して戦後の平和原則を明らかにした。
  • 1943年11月には、カイロ会談でルーズヴェルト、チャーチル、中国の蒋介石が対日処理方式を決定し、12月にはテヘラン会談でルーズヴェルト、チャーチル、ソ連のスターリンの間で、ドイツの無条件降伏と占領、ソ連の対日参戦を協定。
  • 1945年7月には、ポツダム会談で、チャーチル(総選挙敗北で途中からアトリーに交代)、スターリン、トルーマン(4月にルーズヴェルトが急死し、大統領に昇格)がドイツの4国分割占領と日本の無条件降伏を決めた。日本の無条件降伏は、ポツダム宣言の受諾という形で行われた。





2007-03-10 (土) 21:45:15 (3786d)