脱構築

「脱構築」についてのメモ。脱構築とは…
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deconstruction ディコンストラクション

脱構築 †

テキストがAという真理を伝えようとする時、Bという反論が必ずその中に含まれているとする論証。ロゴス中心主義への批判から生まれた。

二項対立−脱構築 †

  • 西洋哲学の前提である「二項対立」

 デリダはギリシャ以来の西洋哲学全体に潜む諸前提を暴き、その前提は維持できないとする。彼は、西洋哲学が不可能であることを暴露した。
 西洋哲学は、イデア(プラトン)、神(アウグステイヌスなど)、コギト(デカルト)、絶対精神(ヘーゲル)など、すべてに優越し、すべての基礎となり、あるいはすべての過程の目的となる究極の存在を常に求めてきた。そもそも、そのような存在があるという発想を、デリダは「存在−神−目的−始源論(しげんろん)」とよぶ。これが西洋哲学の諸前提の一例である。

 存在−神−目的−始源論など哲学の前提は、「本質(としてのイデア)/見かけ(としての個物)」、「自我/対象」のような、二つの項からなる対立関係(「二項対立」)からなる。二項対立の前項と後項は、「右と左」のように対等であるわけではない。プラトンはイデアによって、個物は成立するとした。二項対立は、前項が後項に優越するヒエラルキー(階層性)をあらわす。

 ところが、プラトンの場合、実際に経験し確かめることができるのは個物だけであり、イデアは、個物と反対の特徴を持つものとしてしか規定できなかった。すなわち公式には、二項対立の前項が後項を生み出すとされても、実際には後項があって初めて、その対立物として前項が生み出されているのである。個物などの説明される事柄によって、本質などの哲学の原理が作られていることを暴くデリダのやり方を「脱構築」とよぶ。

 哲学の前提には、男性を女性の上位におく「男根中心主義」、ヨーロッパを世界の中心とする「ヨーロッパ中心主義」などもある。これらを批判するデリダの思想は、フェミニズムオリエンタリズム批判にも影響を与えた。
 

デリダ−脱構築 †

デリダの用語。
 deconstructionは「解体」と訳されて「破壊」(destruction)と混同されがちであった。デリダはハイデガーが『存在と時間』で使ったDestruktionのフランス語訳としてdeconstructionをあえて採用したことに由来する。

  • デリダの解釈では,ハイデガーの「デストルクチオン」は「破壊」ではなく「脱構築」であった。形而上学的思考を単に「破壊」ではなく「脱構築」するとはどういうか。
  • デリダは次のように説明している.

    「哲学を<脱構築>するとは,歴史的由来をもって構造化されている哲学的諸概念を用いて最も忠実かつ内在的に仕事をしながら,他方では哲学では名づけることも記述することもできないある外部の視座にたって,この哲学的諸概念の歴史が,利益がらみの抑圧をすることによってみずから歴史たらしめたさいに隠蔽しあるいは排除してきたものは何か,それを見きわめることである」(デリダ『ポジシオン』)






2007-03-10 (土) 21:45:17 (3697d)