帝国以後

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エマニュエル・トッド「帝国以後」 †

  • エマニュエル・トッド「帝国以後―アメリカ・システムの崩壊」(藤原書店,石崎晴己[訳])

イラク攻撃以後の世界秩序。世界の話題を独占中のホットな海外ベストセラー、待望の完訳。アメリカは“帝国”に非ず。ソ連崩壊を世界で最も早く予言した『新ヨーロッパ大全』のトッドが、ハンチントン、フクヤマ、チョムスキーらを逆手にとり、“EU露日VSアメリカ”という新構図、“新ユーラシア時代の到来”を予言。

その2 †

 アメリカが強大な帝国となったという認識ゆえに、「アメリカ帝国」論が盛んだが、本書は異なったスタンスから論じられる。むしろアメリカが弱いからこそ、世界秩序攪乱の要因となっている、と。

 世界は識字率の上昇、女性の受胎調節の普及によって安定と発展と民主主義に向かっている。世界はその平和と自由のためにアメリカを必要としない。が、アメリカは世界を必要としている。アメリカの生活水準は世界的に生産される富の「収奪」なしには維持できないからである。しかし、これは誤った選択である。アメリカには帝国を建設する軍事力も普遍主義的イデオロギーもない。

 冷戦の時代、世界には二つの帝国があった。アメリカ帝国とソ連帝国である。が、その一方はすでに崩壊している。このためアメリカの力について幻想が生まれた。ところが、アメリカが帝国となるためには二つの条件がある。一つには、ヨーロッパと日本という「保護領」を支配し続けること、もう一つはロシアの軍事力を解体し「恐怖の均衡」を消滅させることである。しかし、アメリカはこの二条件を達成できない。
 その結果、いま世界には、アメリカの帝国秩序ではなく、ヨーロッパ、北アメリカ、東アジアといった大経済地域の形成をふまえ、複数の大国が均衡を保ちつつ共存するシステムが成立しつつある。

 「アメリカ・システムの崩壊」という副題にもかかわらず、本書の趣旨はそれほど激越なものではない。冷戦の終焉とともに、アメリカとその同盟国のあいだの「力」と「合意」の均衡が変わり、いま同盟体制の再編が必要とされている。アメリカは「有志の連合」によってその行動の自由を確保しようとする。しかし、同盟国としてはそれでは困る。ではどうするか、そのひとつの考え方がここにある。


 彼はアテネ、ローマの盛衰を人口学の切り口で分析し、それを米国に適用している。「第二次大戦後の世界は米国を必要としていた。しかし今は世界は米国を必要とせず、米国が世界を必要としている」。
 かつて米国は世界の製造工場であったが、今は消費大国。双子の赤字で世界から資金流入がなければ米国はたちゆかない。米国の民主主義を求める国も少なくなった。外国人を米国民に融合する普遍主義も最近は民族差別をはじめ、国力の拡充に限界を迎えた。
 軍事力だけは突出し、最新兵器で装備されているが、陸軍は弱く、他国の応援を期待している。彼はこれを「演劇的小規模軍事行動主義」と皮肉っている。大国とは事を構えず二流国しか相手にしていない。
 日本国内では日米同盟だけが日本の未来のように言われているが、この著書は世界情勢を冷静に分析し、二十一世紀の世界、従って日米関係にも示唆を与えているように思う。一読をお奨めする。


 冷戦期から現在に至るまで、アメリカは日本やドイツといった諸国の民主化を支援しながら、その権力基盤を拡大してきた。しかし多くの国が民主化を遂げるならば、世界の支配形態はどのように変化するであろうか。はたして米国は、民主的な国家を服従させるだけの大義と権力を保持し得るであろうか。

 なるほどアフガニスタン攻撃に始まる米国の軍事行動は現在、世界に圧倒的なパワーを見せつけている。しかしそうした行為は小国を対象にした演技的誇示にすぎず、早晩不要になるというのが著者の見方だ。

 さらに著者は、人口学的な視点から、以下のように指摘する。多くの途上国では現在、少子化の傾向が進んでいる。女性は識字率が上昇すると受胎調節を行なうようになるからだ。出産率の低下によって女性の社会進出がすすめば民主化はさらに進む。(一九七六年にいち早く「最後の転落」で、当時隆盛を誇っていたソ連の崩壊を予測した著者は、その理由を出産率の低下によって説明している。)

そして今度はイスラム諸国における少子化の傾向を、応酬などの現在の先進国がかつて経験したのと同様の、民主化への過渡期と読む。識字率が一定の水準に至れば民主主義は浸透し、米国の軍事支配は不要になるーと予測するのだ。

 著者はまた、米国内の新保守主義の台頭も、同国の魅力を損なっていると批判する。それは例えば、イラク攻撃などにおける石油に固執する軍事行動、イスラエルに対する不当な支持、イスラム女性に対する不寛容、諸民族の混交率の後退などであり、「理想的な帝国」が提供すべき普遍的な価値とはかけ離れているーという。

 帝国アメリカの衰退を大胆に予測した本書は、さまざまな啓発に満ちた好著。これだけの予測をイラク戦争がはじまる前に洞察しえたというのは驚きだ。しかし疑問点も残る。著者はアメリカに代えてヨーロッパこそが普遍主義を提供すべきだというが、それは西洋中心主義とどのように異なるのか。次作を待ちたい。






2007-03-10 (土) 21:45:59 (3880d)