帝国主義論

「帝国主義論」についてのメモ。帝国主義論とは…
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原題 : Imperializm, kak vysshaya stadiya kapitalizma (ロシア)

帝国主義論 †

レーニン著。1917年刊。資本主義の最高の発展段階としての帝国主義の経済的諸特質を分析し、この段階を「死滅しつつある資本主義」「社会主義革命の前夜」であると論じる。

cf.ホブソン『帝国主義論』

レーニン『帝国主義論』 †

 周知のようにレーニンの『帝国主義論』によれば−帝国主義は、次の五つの基本的標識を含むものとして定義された…

  1. 生産と資本の集積が、経済生活で決定的な役割を演ずる独占をつくりだすほどに高度な段階に達すること
  2. 銀行資本と産業資本が融合し、この「金融資本」を土台とする金融寡頭制が成立すること
  3. 商品輸出と区別される資本輸出がとくに重要な意義を獲得すること
  4. 資本家の国際的独占団体が形成され、世界を分割していること
  5. 最大の資本主義列強による地球の領土的分割が完了していること

「帝国主義とは、独占体と金融資本の支配が成立し、資本の輸出が顕著な意義を獲得し、国際トラストによる世界の分割がはじまり、最大の資本主義諸国による地球の全領土の分割が完了した、という発展段階の資本主義である」

1914年7月、第一次世界大戦が勃発すると、レーニンはポーランドのポロニンからスイスのベルンに逃れ、さらに1916年2月にはチューリヒに移り住んだ。かれが二月革命勃発の報に接し、いわゆる「封印列車」に乗って帰国するのは翌年三月のことだが − 『帝国主義論』が執筆されたのは、このスイス亡命中の1916年1〜6月のことに属する。したがってそれは、革命前の著作として、ツァーリズムの検閲を十分に意識したものであった。帰国後に書いた序文のなかで、レーニンはいっている。

「私は、自分の仕事をきわめて厳重に、もっばら理論的な分析にかぎらなければならなかったばかりでなく、政治についてやむをえずわずかばかり論及する場合にも、非常に用心深く、暗示でもって、すなわちイソップの言葉でもっていいあらわさなければならなかった」

 イソップの言葉とは、いうまでもなくギリシアの奴隷アイソーボスの言葉を指し、またの名を奴隷の言葉という。アイソーボスはかれの寓話のなかで、主人公の動物たちに託してかれの思想を説いた。それは、支配階級の目をごまかすための一種の妥協にほかならなかった。

レーニンの 『帝国主義論』 にもどっていえば − かれのイソップの言葉は、たとえばさきに引いた帝国主義の定義の直後に、かれが次のような注意を付け加えていることにも認められよう。

「もしたんに基本的な純経済的概念を念頭におくだけでなく、さらに、資本主義のこの段階が資本主義一般にたいしてもつ歴史的地位や、あるいは労働運動における二つの基本的傾向と帝国主義との関係をも念頭におくならば、帝国主義はこれとは別様に定義することができるし、また定義しなければならない」

かれなりにいえば、帝国主義は社会主義革命の前夜であり、また労働運動における社会改良主義の傾向は、社会主義への完全な裏切りであり、帝国主義と客観的に結びついている。

 しかし、さきに掲げたレーニンによる帝国主義の定義は、必ずしも純経済的なものではなく―すでに金融寡頭制、資本の輸出、国際的独占団体、最大の資本主義列強、地球の領土的分割といった、政治的ないしは国家的な概念を含むものであった。
 『帝国主義論』のフランス語版およびドイツ語版への序文でいわれるように、その書の任務が「世界資本主義経済の総括的様相が、二〇世紀の初頭に、その国際的相互関係においてどのようなものであったかをしめすこと」であり、その結論が「資本主義は、地上人口の圧倒的多数にたいする、ひとにぎりの『先進』諸国による植民地的抑圧と金融的絞殺とのための、世界体制に成長転化した」というものであったかぎり、それが経済学的のみならず、政治学的な分析でもなければならなかったことは必然だろう。

  • ヒルファディング『金融資本論』
  • ホブソン『帝国主義論』

 レーニン 『帝国主義論』は一面において、これら二著の綜合の書であった。『帝国主義論』の第8章「寄生性と資本主義の腐朽化」でレーニンは、「マルクス主義者ヒルファディングの欠点の一つは、彼が非マルクス主義者ホブソンにくらべて、この点で一歩後退していることである」と書き ― 帝国主義の寄生性の把握について、ヒルファディングを批判した。しかしかれは、「帝国主義のもっとも深い経済的基礎は独占である」ともいい、この点については、ヒルファディングの議論を高く評価していた。

 帝国主義に関するかれの五つの基本的標識のうち、

  1. 生産の集積と独占/ヒルファディング
  2. 金融資本と金融寡頭制/ヒルファディング
  3. 資本の輸出/ホブソソ
  4. 資本家団体の問での世界の分割/ホブソソ
  5. 列強の間での世界の分割/ホブソソ

それぞれ依拠するものである。

 しかし他面、それが独自の見地に立つものであった。
『帝国主義論』でレーニンは、第1章「生産の集積と独占」から理論的に上向して、第2章「銀行とその新しい役割」を経て、第3章「金融資本と金融寡頭制」で金融資本を、次のように総括的に定義した。

「生産の集積、そこから発生する独占、銀行と産業との融合あるいは癒着 ― これが金融資本の発生史であり、金融資本の概念の内容である」。

このレーニンの定義は、一見厳密ではあるが − たとえばそこでは、産業資本の集積による独占と銀行資本の集積による独占とが平行関係として外的に接合されているにすぎず、必ずしも両者の内的連関は明らかにされていなかった。それはレーニンの金融資本の規定が、マルクスの資本一般の規定とほ異なり、「発生史」として行なわれたためであろう。

 もっとも『資本論』そのものに内在しても − それが、マルクスのいわゆる「原罪の物語」として、本源的蓄積論を必要としたことはしられるとおりであろう。第一部第七篇「資本の蓄積過程」第24章の「いわゆる本源的蓄積」で、マルクスは述べている。
「資本の蓄積は剰余価値を前提し、剰余価値は資本主義的生産を前提するが、資本主義的生産はまた商品生産者たちの手のなかにかなり大量の資本と労働力とがあることを前提する。だから、この全運動は一つの悪循環をなして回転するように見えるのであり、われわれがこの悪循環から逃げ出すためには、ただ、資本主義的蓄積に先行する『本源的』蓄積、すなわち資本主義的生産様式の結果ではなくその出発点である蓄積を想定するよりほかはない」

 それはいわば、『資本論』 の外在的発端をあつかう歴史的記述であった。

 同様の記述はそれに続く、第25章「近代植民理論」などにもみられるが − レーニンの『帝国主義論』にもどっていえば、それはさきに引いた金融資本規定から「資本の輸出」を介して導き出される「世界の分割」についても、「資本家団体の間での」経済的分割と「列強の間での」政治的分割とが平行関係として並置されているといった、理論的欠陥を残していた (それは、前述の産業資本と銀行資本の関係に対応する)。

 しかしそれは、一応マルクス『資本論』の方法に準拠しながら、実際にほ帝国主義をめぐる一種の歴史的記述であり、マルクスが「資本の前史」として本源的事績を記述したように、レーニンは「資本主義の最高の段階」として帝国主義を記述したのだが、そこに、マルクス『資本論』に対する、レーニン『帝国主義論』の方法的限界を認めるべきであろうか。

 少くともかれが、既存の体系にとらわれず、マルクス主義の現代化をはかったことはたしかであろう。20世紀初頭において『帝国主義論』が提示した資本主義諸列強による地球の領土的分割の規定は、同じく一種の歴史的規定であったが、それは、世界再分割戦争の不可避性を析出するうえで重要な根拠となるものであった。かくて第10章「帝国主義の歴史的地位」で、レーニンは帝国主義を、次のように最終的に規定した。

「帝国主義の経済的本質について以上のべたすべてのことから、帝国主義は過渡的な資本主義として、あるいはもっと正確にいえば、死滅しつつある資本主義として、特徴づけなければならないという結論が生じる」






2007-03-10 (土) 21:46:00 (3911d)