帝国主義/2

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各国の帝国主義政策 †

イギリスの帝国主義 †

ヴィクトリア女王時代に「世界の工場」として自由貿易政策をとってきたイギリスは、19世紀後半にアメリカ、ドイツに工業生産を抜かれたことを契機として、1870年代から帝国主義政策に転じた。ディズレイリ内閣の時に、スエズ運河株の買収、インド帝国の樹立、ベルリン会議の開催要求などを行った。帝国主義者としては南ア戦争を推進した植民地相ジョセフ=チェンバレン、帝国主義の現地推進者ケープ植民地首相セシル=ローズらが代表的である。

フランスの帝国主義 †

フランスは、産業革命の進展過程においてドイツやアメリカに追い越されたが余剰資本の海外投資が盛んで、1880年代から海外侵略を強め、インドシナ、アフリカに進出しイギリスにつぐ広大な植民地を領有することになった。
 ブーランジェのクーデター未遂事件やドレフュス事件にみられるように軍部が台頭し次第に社会は右傾化していった。

ドイツの帝国主義 †

国家の保護の下で産業革命を推進し、工業生産はイギリスをしのぎ、貿易においてもイギリスの地位を脅かすようになった。協調外交を推進してきたビスマルクの引退後、ウィルへルム2世の親政体制の下で、「新航路政策」がとられた。

ロシアの帝国主義 †

1858年のアイグン条約で黒竜江以北を、1860年の北京条約で沿海州を領有し、千島-樺太交換条約で樺太方面にも進出した。中央アジアでは、清とイリ条約(1881年)を締結するなど南下政策を推進。1890年以降、国家の保護育成やフランス資本の援助でロシアにおいても独占資本が形成されたが、国内市場も狭く国民も貧しかったので、東アジアとバルカンでさらに南下政策を推進した。

アメリカの帝国主義 †

南北戦争後の急発展で1890年代に世界一の工業国となったアメリカは、マッキンレー大統領の下でカリブ海政策や汎アメリカ会議を通じてラテン・アメリカを市場化し、米西戦争でフィリピン、グアムを獲得。またJ.へイによる中国への門戸開放宣言(門戸開放、機会均等、領土保全)を行うなど、伝統的なモンロー主義を放棄して、帝国主義政策を推進。






2007-03-10 (土) 21:46:00 (3911d)