田中角栄

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田中角栄 †

  • 1918年〜1993年
  • 1972年7月に総理就任、「日本列島改造論」で一世を風靡。
  • 同年9月には日中国交回復を実現。
  • 金脈問題で74年11月に総理の座を追われ、76年7月にはロッキード疑獄で逮捕。
  • 83年には東京地裁で実刑判決が下る。逮捕後も「闇将軍」として政界に君臨するが、1985年に脳梗塞で倒れ、その4年後に政界を引退。

田中内閣(1972年7月〜1974年12月)

  • 佐藤政権を支えていたのは岸派を継承した福田と佐藤派の田中の二本柱で,佐藤は福田に政権を禅譲しようとしたが,政権末期の佐藤にその力はなく,自民党総裁選挙で大平と組んだ田中通産相が福田外相を破った。
  1. 日中国交回復
    • 田中首相は組閣当日に中国との国交正常化を急ぎたいと表明し,1972年9月,田中首相は大平外相らと北京へ赴いて,日中共同声明により国交を正常化した。
  2. 日本列島改造論
    • 田中首相の本領は「土建屋政治」にあり,「日本列島改造」を掲げたがインフレを招いた。これに石油ショックが拍車をかけて「狂乱物価」といわれる状態になり,安定成長論者の福田を蔵相に迎えて列島改造を棚上げした。そして田中首相の金脈問題が月刊誌で暴露され,退陣した。





2007-03-10 (土) 21:46:14 (3758d)