島原の乱

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天草一揆。天草の乱。島原一揆。

島原の乱 †

  • 1637年(寛永一四年)から翌年にかけて、九州の島原・天草に起こったキリシタン信徒を主とする農民一揆。
  • 幕府のキリシタン弾圧と領主の苛政に対し、天草四郎時貞(益田四郎)を首領として約四万の農民・浪人が蜂起、原城にこもって抵抗。
  • 幕府の大軍により陥落、皆殺しとなった。四か月後に落城した。
  • 以後、幕府の禁教策が強まる。

島原領主松倉氏、天草領主寺沢氏の圧政と幕府のキリシタン迫害に対して、1637年に島原、天草地方の信者、農民が益田四郎時貞(天草四郎)を奉じて起こした反乱。農民一揆と宗教一揆との両方の性格をあわせもつ。一揆の中に旧キリシタン大名の遺臣が多く含まれていたこともあり、乱後、幕府は鎖国の完成を急ぎ、宗門改制度を実施した。
そしてついには、すべてのものがいずれかの寺院に属さなければならない寺請制度を設けた。(明治6年に廃止)






2007-03-10 (土) 21:46:18 (4147d)