福祉国家の危機

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福祉国家の発展

福祉国家の危機 †

 1970年代の中期から後期にかけて各国経済に陰りがみえ始めると,福祉国家は再検討を迫られ,部分的に後退することとなった。1970年代半ば以降,保守政党は政府の経済介入を縮小させるべきであるという見方をするようになった。この転換は,1970年代の高インフレと低成長によるものであった。保守派は,政府に対する過度の期待がインフレを生み,また民間資本を非生産的な政府支出に振り向けたことが低成長をもたらしたと論じた。

 さらに,社会民主主義モデルはもはや有効ではないことを示す兆候がいくつか生じてきた。とりわけ,社会民主主義を支えてきた二大支柱である集権的交渉と社民政権が行き詰まった。集権的交渉方式はスウェーデンにおいても崩れ始め,70年代末以降,社会民主主義政党は政権から転落した。経済に関しても,社会民主主義諸国の経済実績は1980年代を通じて悪化した。社会民主主義的合意は否定され,保守派たちは,平等よりも成長が重要であると主張するようになった。

 このような保守派の新たな攻勢は一方で,福祉国家をめぐる利益政治のあり方をも反映するものであった。歴史的に大衆基盤を必要とした西ヨーロッパの社会民主主義勢力とは異なり,政府との密接な関係を自ら構築することが容易な保守派にとって,利益集団による政治活動の加熱ぶりは好ましくなかった。特に1970年代になると保守派は,国家があまりにも多くの領域に補助金や給付金を出したため利益集団と距離を保てなくなり,権威を失いつつあると感じるようになった。実際のところサッチャーやレーガンの福祉縮小政策は,他方で福祉以外の分野における国家の権威珂復をも必要としていた。

 社会民主主義モデルには,いくつかの弱点がみられた。高度な規制と政府介入が価格システムを歪め,貯蓄意欲と労働意欲を減退させた。特に政府は,非生産的雇用を公共セクターに吸収することで完全雇用を維持しようとした。また,普遍的な福祉政策が過度の期待を生む一方で,高率の課税は資本の逃避を招いた。
 外的要因もまた社会民主主義の後退をもたらした。階級構造の変化,特にブルーカラー労働者数の減少は,社会民主主義政党の伝統的選挙基盤を侵食した。また,国際競争が激しくなると,国内の集権的交渉は意味を失い,政府は諸外国と同様の税制政策を追求しなければならなくなった。

 1970年代の石油危機への対応において,ケインズ主義は有効に機能せず,また社会の高齢化が社会保障システムを直撃した。しかし1970年代の二度の石油危機と80年代のマネタリズムの席捲を経て,戦後の成長パターンの終焉が明らかになっても,各国政治家は財政赤字問題を解決する能力を欠く一方,市民は,そのために既に自らが支払いかつ市民の権利として認められたさまざまな福祉国家の便益を手放すわけにはゆかなかった。市民は慢性的な財政赤字を懸念する一方で,福祉国家の維持に必要とされる高率の課税に次第に批判的になり,さらなる課税を断固として拒否していた。その結果,1980年代から90年代にかけて,先進社会の国内政治は,税金を増やすことなく―そして既に確立された市民の権利を犠牲にすることなく―経済を再活性化させることができる新しい政策の模索に明け暮れた。
 フランスのミッテラン社会党政権は,福祉拡大政策を続けることがもはやできなくなっていた。福祉国家は再検討を迫られるようになった。
 しかしオランダ,スカンジナビア諸国,イタリアなどの連立政権各国において福祉支出は増大し続けた。
 一方アメリカ合衆国とイギリスにおいては,福祉国家への容赦ない批判の声が高まった。とはいえ,イギリスのサッチャー保守党政権やアメリカ合衆国のレーガン共和党政権などの保守政権もまた,医療・教育・社会保障の支出カットに成功したわけではなかった。医療支出に関していえば,レーガンは徹底した赤字削減を試みたが,その成果は限定的であった。高齢者の「メディケア」のカットを断行したのみで,低所得者対象の「メディケイド」削減は社会的支持を得られず実施できなかった。逆にクリントンは,医療サービスの普遍化を主張し,1993年に大胆な医療改革を掲げてホワイトハウスに乗り込んだ。しかしさまざまな利益集団の反対と,共和党の強力なネガティブ・キャンペーンに直面し,改革は頓挫した。結果的にみると,保守的改革も,革新的改革もともに成功しなかった。1945年から拡大し続けた福祉国家は,1970年代に崩壊したのではなく,その成長を減速させたとみるほうが正しいかもしれない。

 客観的にみると,新保守主義時代においても,福祉国家の市場化―行政のなかに競争原理を採り入れ,そこに一種の市場を導入すること―はあまり成功せず,このような公共分野の改革は,むしろ最近のヨーロッパ中道左派政権によってよりラジカルに試みられている。

 福祉国家の最大の問題は,フルタイムの終身雇用という伝統的パターンが崩れつつあることだ。長引く失業,労働の女性化、パートタイム労働の増大…これらは社会保障システムの根幹にあった職歴と福祉受給資格の関係に見直しを迫るものとなりつつある。
 一方,寛大な年金計画や最低所得の設定,負の所得税などの政策は,普遍性は高いもののきわめて負担の多い構想である。
 国家が管理してきた社会保障や医療サービスは,フルタイムの賃金生活者を主な対象としており,家内労働者,自営業者農業労働者などはこの構想に含まれない場合も多かった。そのため全体的にみると,一般の納税者や消費者が多くを負担する一方,福祉の給付は,むしろ都市の高所得者層に集中していた。現代の福祉国家は依然として一定水準以上には発展しておらず,その構想も国内的なものにとどまっている。

福祉国家の再編






2007-03-10 (土) 21:48:09 (3853d)